「米国中西部スタートアップ」インタビュー(4)
ブラック ジャック サイト
イノベーション創出の鍵は多様性

2019年5月7日

シカゴには入居企業の60%が独立後もビジネスを継続し、成功を収めるインキュベーター「1871」がある。1年足らずで廃業するスタートアップが多い中、この数字をかんがみると、1871がシカゴのテック企業エコシステムの重要なインフルエンサーの1つであることは間違いない。また、2018年には企業支援のコンサルティングUBIグローバルが実施する「大学などの高等教育機関と提携するインキュベーターランキング」で世界第1位にもなった。ジェトロはこのシカゴ最大級のインキュベーター「1871」のCEO(最高経営責任者)ベッツィ・ジーグラー (Betsy Ziegler) 氏に、2019年2月15日にインタビューを行った。

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ベッツィ・ジーグラー氏(1871提供)

「1871」について

「1871」(注)は2012年、シカゴのデジタルスタートアップコミュニティーを支援するために設立された。設立パートナーの中には現イリノイ州知事のJ.B. プリツカー (J.B. Pritzker)氏も名を連ねる。1871は、スタートアップの成長促進とシカゴ都市圏での雇用創出にフォーカスしており、面積14万平方フィート(約1万3,000平方メートル)という広大なスペースに、500近くの成長著しいスタートアップが入居しているほか、4つのベンチャーキャピタル企業が本部を置く。さらに、350を超える投資家とつながりを持ち、1871はシカゴにおける企業ハブともいえる存在である。

1871から巣立った何百という企業の中で最も有名なのは、スポットヒーロー (SpotHero)である 。スポットヒーローは駐車スペース予約サービスで、ユーザーはこれを利用して割引価格で駐車スペースを予約できる。2013年春に1871を巣立ったスポットヒーローは今や米国の30以上の主要都市をカバーし、調達資金額は計6,800万ドルを超える。

スタートアップに加え、7つの大学も1871に物理的拠点を置いている。1871はUBIグローバル (UBI Global) の2018年大学連携ビジネスインキュベーターランキングで1位を獲得している。シカゴ大学、デポール大学、イリノイ大学、イリノイ工科大学、ロヨラ大学、ノースウエスタン大学、トリニティ・クリスチャン・カレッジは、みな1871に専用スペースを持っており、学生や教員がここでビジネスを行い、シカゴの起業コミュニティーの中心で過ごす。

ジーグラー氏は近い将来、日本の大学も1871と協力関係を持てるのではないかと期待を示す。現在、一部のワークショップのデジタル化を進めており、1871へのデジタルアクセスの仕組みをつくっている。これが完成すれば、デジタルメンバーという新たなステータスができ、大学、企業、法人組織、ベンチャーキャピタルのほか、ここへのアクセスが困難な場所に住む個人起業家らが、コミュニティーに加われるようになるだろう。これにより、1871は簡単にグローバルな存在になる。デジタルコンテンツの第1弾は6カ月以内に完成すると思う、と構想を語った。

シカゴのエコシステムへのインパクト

1871は2012年の設立以来、成長するシカゴ地域に非常に大きなインパクトを与え続けてきた。2018年5月に発表された1871の2017年度年次報告によると、多くのアクセラレータープログラムや、若いベンチャー企業が1871を拠点とし、年間1,000を超えるイベントが1871で開催されている。さらに、約500人の学生を対象にコーディング、デザイン、サイバーセキュリティーに関するトレーニングプログラムが実施された。1871のメンバー企業とここから巣立った企業が調達した資金総額は約2億8,000万ドルに達し、新たに約8,000人の雇用が創出された。

では、シカゴはどの分野のビジネスに向いているだろうか。ジーグラー氏は「この地域の強みは主に物流、サプライチェーン、ブロックチェーン、フィンテック、インシュアテックなどだと思う」と語る。歴史的に、シカゴは東のデトロイトなどの工業地帯と西の穀物地帯をつなぐ輸送中継地として発展してきた。ミシシッピ川水系や五大湖を介した運河、全米各地につながる鉄道(アムトラック)、ハイウェーやオヘア国際空港に代表される空路がそろうなど、物流に強い。さらにシカゴは、世界的な金融センターとして、また世界最大の先物市場シカゴ・マーカンタイル取引所の所在地として、1世紀以上にわたり大手企業を引きつけており、デロイトが発表する世界的なフィンテックセンターランキングリストでも上位5位に入っている。加えてシカゴでは、ヘルスケア、B2Bビジネス、インダストリアルIoT(モノのインターネット)や環境・エネルギー分野といった産業も集中しており、有望だ。

シカゴのエコシステムでは、元スタートアップ企業による再投資のサイクルが始まっている。20~30年前にシカゴで設立された企業の場合、設立者が退職する際にはシカゴを去ってしまい、この地に何も残らないということも珍しくなかったという。しかし、ここ数年で大きく成長したシカゴ発の企業はグルーポン、グラブハブ、クレバーセーフ、フィールドグラスなど、全てシカゴに残っている。ジーグラー氏は「グラブハブとグルーポンは引き続きシカゴで成長を続けているし、クレバーセーフの設立者はシカゴに別の会社を興した。設立者が創業の地に残るだけでなく、これらの企業の多くは経営陣に株式の一部を与える。これはとても重要なことである。マイクロソフト 、アマゾン、グーグルのような企業を退職した富豪たちは、エンジェル投資家として次に登場してくる興味深い企業に投資したり、十分な資金をもとに自身の会社をつくったりするからだ。これら全てがより多くのスタートアップの活動を生み出す」と、この点の重要性を述べている。

成功への重要なカギは「多様性」

同氏は、イノベーション成功の非常に重要なカギは多様性であると強調する。「私が思うに、共同設立者の少なくとも1人が女性あるいはマイノリティーであるスタートアップの成功率は、白人男性だけで設立するそれに比べて40%程度高く、そのパフォーマンスも高くなる。これはその企業の所在地や種類、取り組んでいる課題とは関係がなく、単なる事実だ。もちろん、そういった企業の中にも資金繰りが続かないケースは当然あるが、野心的な女性起業家や、過少評価されているマイノリティーの起業家のネットワークを育み続けていくことが、私たちの目指す社会にとってベストだと考えている。このような人たちは、彼らが解決しようとする「課題」に多大なインパクトを及ぼすポテンシャルを有しているからだ。社会的影響が大きい課題でも、利潤追求に関わる課題でも、教育に関する課題でも、課題はどんなものでも構わない。私たちの目標は、1871のメンバー構成を少なくともシカゴ市の人口構成を反映するようなものにすることだ。まだその目標値には至っていないが、正しい道を進んでいるだろう」
日本企業との関わりについては、後編「大阪イノベーションハブやユニクロにみるコラボレーション事例」(4月26日レポート)参照。


注:
名称の由来は、1871年のシカゴ大火。何千という建物が焼失、その被害は推定2億ドルに上った。この時期は傑出したエンジニア、建築家、投資家らが結集して新たな街をつくり上げた。「1871」という名称は、シカゴの急激な経済成長と人口増加につなげた先人への敬意を表している。
訪問企業
インキュベーター名 1871
設立年 2012年
所在地 222 Merchandise Mart Plaza, Suite 1212, Chicago, IL 60654
主な事業内容、取り扱い製品・サービス テックスタートアップインキュベーター
ウェブサイト https://1871.com外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
メンバーシップ情報
一般メンバーシップ料金 月額350ドル(共用スペース、1871のプログラムやサービスの全てを利用することができる)
夜間・週末のみの利用 月額175ドル
専用予約スペース 月額500ドル
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所 ディレクター
河内 章(かわち あきら)
2006年、ジェトロ入構。デザイン産業課(2010年〜2014年)、ジェトロ仙台(2014年〜2016年)などを経て、2016年4月より現職。米国自動車メーカーと日系サプライヤーの商談支援や、米国企業による日本進出支援、米国・中西部のスタートアップ・イノベーションなどを主に担当している。