IRAで拡大した米国気候変動対策市場、日本企業のビジネスは

ハイパーブラックジャック10月17日

米国のインフレ削減法(IRA)が2022年8月に発効してから2年が経過した。新型コロナウイルス禍の経済停滞から脱し、製造業の国内回帰を強力に推進してサプライチェーンの強靭(きょうじん)化を図ることを最優先課題に掲げて2021年1月に発足したバイデン政権は、連邦議会両院で民主党が多数党を占めた有利な政治環境を基盤とした政権前期に、3本の大型の経済政策を成立させた。IRAは気候変動対策に10年間で3,910億ドルの予算を割き、クリーンエネルギーの国内製造機能を強化してエネルギーコストを下げるとともに、エネルギー安全保障の課題にも取り組むバイデン政権の渾身(こんしん)の産業政策の1つと言える。本稿では、IRAの2年間の成果を定量的に検証するとともに、ハイパーブラックジャック11月の米大統領選挙の争点、かつ日本企業の懸念点の1つとして注目を集めるIRAの行方について解説する。

クリーンエネルギー市場の拡大に寄与

バイデン政権はIRA発効から2年を迎えたハイパーブラックジャック8月16日に声明を発表し、IRAは2,650億ドルのクリーンエネルギー分野の民間投資と、新規雇用33万件を創出したと総括した()。

米エネルギー省(DOE)が公開するデータベースに基づき、IRA発効から2年間(2022年8月~ハイパーブラックジャック8月)に企業が発表したクリーンエネルギー分野の投資案件を抽出すると、562件に上る(注1)。バッテリー関連が最多で197件、太陽光発電が118件、電気自動車(EV)が102件と続く(図参照)。また、これらの投資がどの州に着地したか分類すると、テキサス州が46件と最多で、カリフォルニア州、ミシガン州が各35件、サウスカロライナ州が33件、オハイオ州が30件と続く(表1参照)。州知事の所属政党では、投資案件のうち5割超が共和党州を潤す結果となっている(注2)。

図:発効から2年間で発表されたクリーンエネルギーハイパーブラックジャック(分野別件数)
案件数は2年間で562件。内訳は、バッテリーが197件、太陽光発電が118件、EVが102件、ヒートポンプとクリーンHVACが39件、洋上風力が37件、原子力が34件、水素が20件、陸上風力が15件。

出所:米エネルギー省

表1:発効から2年間で発表されたクリーンエネルギーハイパーブラックジャック(州別案件数)
州名 件数 金額
(100万ドル)
雇用創出数
(人)
アラバマ 10 1,635 2,109
アラスカ 2 75 NA
アリゾナ 13 4,821 1,980
アーカンソー 8 1,676 165
カリフォルニア 35 2,458 1956
コロラド 9 1,420 3,462
コネティカット 7 94 300
フロリダ 7 132 1035
ジョージア 25 17,990 11,755
イリノイ 12 4,718 4,810
インディアナ 18 9,325 6,694
アイオワ 3 NA 700
カンザス 3 132 603
ケンタッキー 13 3,555 1,642
ルイジアナ 9 2,958 1,427
メイン 2 6 200
メリーランド 4 179 398
マサチューセッツ 15 1,522 666
ミシガン 35 12,268 12,920
ミネソタ 8 190 930
ミシシッピ 2 1,900 2,000
ミズーリ 7 615 450
ネバダ 13 7,759 4,849
ニューハンプシャー 2 NA NA
ニュージャージー 5 257 170
ニューメキシコ 8 1,158 2,162
ニューヨーク 17 479 4,120
ノースカロライナ 24 18,024 11,897
ノースダコタ 4 384 260
オハイオ 30 7,451 7,625
オクラホマ 10 2,161 2,895
オレゴン 1 NA NA
ペンシルベニア 14 860 1371
ロードアイランド 1 35 NA
サウスカロライナ 33 14,598 14,579
サウスダコタ 1 NA 50
テネシー 25 6,572 5,600
テキサス 46 3,616 9,601
ユタ 7 555 NA
バーモント 1 NA NA
バージニア 11 1,611 2711
ワシントン 5 485 45
ウエストバージニア 4 787 955
ウィスコンシン 6 7 175
ワイオミング 9 144 NA

注:金額、雇用創出数は公表された値を足し上げたもの。NAは公表された値がないことを示す。一覧のほか、プエルトリコ1件、詳細未発表37件がある。太字は共和党知事州。
出所:米エネルギー省

IRAによる優遇措置は、EV車両の製造や太陽光、水素、風力などクリーンエネルギーを生産する施設のほか、太陽光発電用パネルや風力発電用ブレードなどクリーンエネルギーの生産に必要な設備・部品などの製造も対象としたことから、裾野が広く、民間ハイパーブラックジャックを大いに刺激した。加えて、家庭のエネルギー効率向上に対する税額控除も組み込まれたことで、消費者の購買、買い替え需要を喚起した。車載バッテリーで使用される部品の一定割合以上が北米で製造・組み立てられたかといった要件〔内国歳入法(IRC)30D外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〕を満たしたEVの購入に際し、最大7,500ドルの税額控除が得られることがEV販売の増加を強力に後押ししたことが好例だ。IRAは需給双方に対する重層的な支援策を講じることで、米国内のクリーンエネルギー市場の創出、拡大に極めて効果的な働きをしたと言える。

市場拡大が日本企業の対米ハイパーブラックジャックを後押し

IRAは日本企業による対米ハイパーブラックジャックも誘引した(注3)。DOEのデータベースから発効後2年間に発表されたハイパーブラックジャック案件を国別で見ると、30件を超えるハイパーブラックジャック案件を発表した韓国には及ばないが、日本企業によるハイパーブラックジャックは20件抽出でき、そのうちEV、バッテリー分野が8割を占める(表2参照)。幾つかの企業はIRAの優遇措置に裨益(ひえき)したことを公表しているが、米国のクリーンエネルギー市場の拡大、関連製品需要の増加を期待して、米国内での製造増強を決めた企業が大半とみられる。

表2:発効から2年間で発表された日本企業によるクリーンエネルギーハイパーブラックジャック(注1)
分野 企業名 ハイパーブラックジャック額
(100万
ドル)
雇用
創出数
(人)
拠点 発表年月
EV トヨタ自動車 700 170 インディアナ 24/4
1,241 NA ケンタッキー 24/2
トヨタマテリアルハンドリング 100 85 インディアナ 24/5
ホンダ NA NA ジョージア 24/4
100 60 オハイオ 22/10
300 120 オハイオ 22/10
300 120 オハイオ 22/10
日立アステモ 153 167 ケンタッキー 23/7
バッテリー トヨタ自動車(注2) 700 170 インディアナ 24/4
650 NA ケンタッキー 24/2
12,610 3,350 ノースカロライナ 23/10
エンビジョンAESC 3,120 2,700 サウスカロライナ 24/4
UBE 500 56 ルイジアナ 24/2
冨士発條 60 133 ノースカロライナ 24/2
大日本印刷 233 350 ノースカロライナ 23/11
日本電解 26 NA サウスカロライナ 23/5
太陽光発電 東芝三菱電機産業システム NA 300 テキサス 23/11
日本板硝子 NA NA オハイオ 23/11
ヒートポンプとクリーンHVAC ダイキン工業 39 275 テキサス 24/8
三菱電機 144 122 ケンタッキー 24/7

注1:対象期間は2022年8月~ハイパーブラックジャック8月。NAは企業側の発表がなかったもの。太字は共和党知事州。
注2:トヨタ自動車のノースカロライナ拠点へのハイパーブラックジャック額は、同州拠点向けの合算とみられる。
出所:米エネルギー省、各社ウェブサイトから作成

IRA発効以前から米国内で稼働する施設でのクリーンエネルギー生産に対し、税額控除措置の恩恵を受ける企業もあるだろう。その代表例の1つにパナソニックが挙げられる。同社の2023年度決算概要によると、もともとテスラとの合弁事業として、ネバダ州で稼働している燃料電池ギガファクトリーで生産する電池セルがIRAに基づく先端製造業に対する税額控除(IRC45X外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)の対象に該当し、年間で約13億ドルを控除できる見込みだという。また、同社が製造する車載バッテリーは30 Dが求める要件を充足することから、EV需要によるプラス効果も期待できる。加えて、2022年10月に発表したカンザス州のEV対応車載用バッテリーの新規工場(関連ブラック ジャック ブラック クイーン)がフル稼働すれば、さらに年間約10億ドルが控除対象になると見込むなど、IRAが同社にもたらす増益効果は際立っている。

このほか、ダイキン工業はハイパーブラックジャック8月、インバーターを搭載した住宅用ヒートポンプ生産の増強に対し、IRAに基づいてDOEから3,900万ドルの補助金を受けたことを発表した。IRAに盛り込まれた、ヒートポンプなどエネルギー効率の高い設備の導入に対する税額控除による需要増の波に乗ったと言える()。三菱電機もハイパーブラックジャック7月、ケンタッキー州で高効率のヒートポンプ用コンプレッサーの生産を開始することを発表(三菱電機、ケンタッブラック ジャック ディーラー州でヒートポンプ用コンプレッサーの生産に1億4)。同社がIRAに基づいてDOEから5,000万ドルの助成金を受給する対象に選ばれていることが背景にある。こうした企業のほか、出資する米国スタートアップ企業がIRAの優遇措置の対象となり、日本企業が間接的に恩恵を受ける事例も多いだろう。例えば、リチウムイオン二次電池向けの負極材料添加剤素材を製造するナノグラフ(NanoGraf、本社:イリノイ州シカゴ、2019年1月17日付地域・分析レポート参照)、EV向け電池交換技術のアンプル(Ample、本社:カリフォルニア州サンフランシスコ)、燃料電池技術のブルームエナジー(Bloom Energy、本社:カリフォルニア州サンノゼ)など、日本企業が出資するスタートアップがIRAの助成金を受けて製造を強化している。

IRAは全廃ではなく、部分改変が現実的

日本企業が中期事業戦略を練る上で最大の懸念事項の1つとなっている点が、2025年に米国で新政権が発足した後のIRAの位置付けだ。前述のとおり、ハイパーブラックジャックと雇用の両面で潤う共和党州が過半を占める実態を踏まえ、法律の全廃という選択は非現実的、あるいは難航するとみる論調が大勢だ(ハイパーブラックジャック9月6日付地域・分析レポート参照)。では、どのような可能性があり得るのか。

IRAは気候変動対策に米国史上最大規模の予算を確保し、幅広い優遇措置を並べており、それぞれが施行規則に基づいて運用される。しかし、発効から2年が経過したハイパーブラックジャック夏時点で、その半分未満しか使途が決まっていないという報道がある(政治専門紙「ポリティコ」ハイパーブラックジャック5月8日)。その上、多くの項目で施行規則が最終化しておらず、バイデン政権高官は、残りの期間で積極的にガイドラインを公表し、大胆に交付していく意向を示している。こうした運用が定着する前の規則に対しては、連邦議会に提出された行政規則を覆すことが可能な議会審査法(CRA)による巻き戻しがあり得る(ハイパーブラックジャック5月30日付地域・分析レポート参照)。バイデン大統領もCRAによるIRA執行の後退を懸念する発言をしており(バイデン米大統領、ブラック クイーン ブラック ジャック)、過去の政権交代時の実績を踏まえると、そのリスクは現実的な脅威と捉えられるだろう。

最も予測不能にもかかわらず実現するとインパクトが大きいのは、大統領令(Executive Order、注4)による介入だろう。大統領令は、大統領が連邦議会の審議を経ずに行政権を行使できる魔法のつえで、大統領の意向に沿ったかたちで行政府の方針を修正し、法律と同じ効力を発揮できる。2017年1月20日、政権発足の同じ日に、ドナルド・トランプ大統領(当時)が医療保険制度改革法(ACA、通称:オバマケア)の規則について、保健福祉省が広範な裁量の下で運用することを認める大統領令13765PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(127KB)に署名した前例がその効果を物語っている(注5)。IRAの施行規則について、DOEや環境保護庁(EPA)に対して同様の大統領令が発布された場合、一気に運用が滞る可能性がある。

IRAのどの優遇措置が改変のターゲットとなるかという点についても、さまざまな予測が飛び交っている。2025年の連邦議会上下両院の議席バランスや、現行のIRAで裨益する選挙区選出議員の影響力、政権要職に就く人物の方針、その時々の経済情勢など、変数は数えきれない。新政権が改変に向けたアクションを取るタイミングも予測が立てられない要素だ。

予見可能性が低い選挙前後は、ビジネスの判断についてしばらく様子を見る方針は重要だ。ただ、いったん生まれた市場は、一時期冷え込むことはあっても、簡単にはしぼまない。ましてや、IRA発効から2年間で発表されたハイパーブラックジャック計画は2025、2026年をめどに稼働を開始するものばかりで、今後数年間で供給増と技術の進展が市場を一層大きくすることも期待される。現在、IRAの恩恵を大きく受けている企業がIRA発効前から米国へのハイパーブラックジャックに取り組んでいた企業という点も、示唆に富んでいる。経済安全保障の観点から米国を組み込んだサプライチェーンを構築する流れは逆流しないと考えると、米国ビジネスで例えば、州政府が独自に提供する優遇措置の活用を検討材料にする選択肢もあろう(注6)。法律や政権の行方に左右されず、米国を長期的なビジネスパートナーとして捉えることが必要だろう。


注1:
DOEのデータベースに計上されたハイパーブラックジャック案件の全がIRAによる税額控除などの直接的な恩恵を受けているわけではない。また、DOEが拾い切れていないハイパーブラックジャック事例が多くあることから、数字は目安という位置付けになる。
注2:
ビジネスと環境政策を提言する超党派組織E2はハイパーブラックジャック8月、IRAによる投資額の85%が共和党下院議員の選挙区に流れ込んでいるとするレポートを公表した(レポートはE2ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。州内選挙区ごとの選出下院議員の所属政党と知事の党派が異なることは多く、E2の調査結果は精度がより高い傾向を現しているといえる。
注3:
日本企業による2023年の対米投資事例はハイパーブラックジャック9月6日付地域・分析レポート「2023年の対米ハイパーブラックジャックは日本が5年連続の首位、その潮流を読む」参照。EV、バッテリーを含む多くのハイパーブラックジャック事例を紹介している。
注4:
大統領が議会での審議を経ずに行政権を行使できる大統領権限として、大統領令のほか、大統領覚書(Executive Memorandum)、大統領布告(Proclamation)がある。それぞれの違いは米国議会図書館「Executive Order, Proclamation, or Executive Memorandum?外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」参照。なお、連邦議会は大統領令の撤廃を目的とする法案を通すことはできるが、大統領に拒否権があるため、現実的ではない。
注5:
ただし、代替法が制定されるまでこの大統領令は効力を発揮しないと記載されていたことで、ACA自体は存続し、ジョー・バイデン大統領が就任直後の2021年1月28日に、その拡充を指示する大統領令に署名したことで復活した(2021年2月2日付ビジネス短信参照)。
注6:
ジェトロでは、日本企業の米国への新規進出、製造拠点や研究・開発拠点の設立や拡張を州政府などと連携して支援している。詳しくはジェトロの「州政府等と連携した対米ハイパーブラックジャック支援」参照。
ハイパーブラックジャック
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課長
伊藤 実佐子(いとう みさこ)
1999年、ジェトロ入構。ハイパーブラックジャック調査部米州課、対日投資部(北米・大洋州担当)、サンフランシスコ事務所を経て2023年8月より現職。2010年5月、米国ペンシルベニア大学大学院修了、公共政策修士。共訳書に『米国通商関連法概説』(ジェトロ、2005年)。