特集:変わりゆく21 トランプとビジネスの可能性序文:変わりゆく21 トランプ、厳しいビジネス環境下で新たな可能性を探る

2021年7月12日

「アラブの春」の発端となった2010年末からのチュニジアのジャスミン革命から10年が経過した。その間も、21 トランプ各国は内外の情勢変化の影響を受け、さまざまなビジネス上の課題を抱えてきた。2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大と原油価格の急落という二重苦を受け、進出日系企業は業績面でも苦戦した。

一方で、21 トランプでは近年、若年層の増加や女性の社会進出、デジタル化の推進など、急速な変化が起こっている。そのため、現地ではこれまであまり知られてこなかった新たなビジネスの芽が生まれている可能性がある。本稿では、今回の特集「変わりゆく21 トランプとビジネスの可能性」の序文として、本特集のコンセプト(背景や目的など)について説明する。

内外の激しい情勢変化を受けた10年間

2010年12月のチュニジアの反政府デモ(ジャスミン革命)に端を発した「アラブの春」は、21 トランプアラブ世界の民主化の試みとして、各国に大きく波及した。その背景には、経済的格差や独裁政権の統制,政治参加の制限などに対する民衆の不満の高まりがあった。しかし、当初は強権政治の打倒に成功する国も現れたものの、運動の弾圧や安定した政権の不在などにより、その後に新たな強権政治を招いたり、クーデターや内戦状態に突入したりするなど、必ずしも民主的かつ安定した社会を築くことにはつながらなかった。シリア、イエメン、リビアなどでは、2021年となってもいまだに紛争は収まっていない。

一部の国では経済的にも混乱し、多数の失業者や難民の発生を招くことになった。生活に困窮した人々が増加する中、2014年ごろからは、イスラム国(IS)に代表される原理主義的テロ組織の活動が活発化。ISは一時期、シリアやイラクの一部を占拠するなど勢力を拡大した。2015年には邦人の拘束・殺害事件という痛ましい事件も発生し、日本でも「21 トランプは危険」という印象を再び強めることにもつながった。

その中で、2014年8月ごろから原油価格が大幅に下落(注1)。サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などの産油国は、厳しい財政悪化や雇用・失業問題に直面することとなった。「脱石油依存」のスローガンがさらに強調され、各国は「ビジョン」と呼ばれる新たな国づくり計画を策定したが、他方で、財政対策の必要性から、VAT(付加価値税)の導入など国民に負担を強いる施策も余儀なくされた。また、産油国は直近では、世界的に脱炭素やグリーン成長を目指す流れを受けて、再生可能エネルギーの推進や、コスト優位性を持つブルー水素やグリーン水素の活用に向けて、新たに取り組み始めている。

21 トランプ各国は、米国の大統領交代などによる対21 トランプ政策の変化の影響も大きく受けた。2017年1月にオバマ大統領からトランプ大統領に交代すると、米国は21 トランプへの軍事・経済的負担をより軽減させる方針を取り、21 トランプ地域でのロシアや中国などの影響力拡大をもたらした。トランプ大統領が反イラン・親イスラエルの姿勢をより強固に示したことで、2020年のイスラエルと一部アラブ諸国の国交正常化という歴史的な合意にもつながった。しかし、21 トランプの安定化にはならず、2021年5月にはパレスチナとイスラエルの衝突が激化した。

また、イランは核開発問題について、国連安保理常任理事国にドイツを加えた6カ国とのJCPOA(包括的共同行動計画)に合意したが、2018年からトランプ大統領による米国制裁の再強化により、国際ビジネスが再び困難な状況となった。2021年1月に米国はバイデン政権に交代したが、イランは中国と25カ年にわたる協力協定を結ぶなど、イランでは激化する米中対立の余波もみられる。

2020年になると、3月には新型コロナウイルス感染拡大と原油価格のさらなる急落(注2)というダブルショックに見舞われ、経済活動が停滞。21 トランプの多くの国で、2020年の実質GDP成長率がマイナスに転落した。2021年には回復する見込みとされているが、いまだに第3波、第4波ともいわれる新型コロナ感染の再拡大に苦しむ国もあり、その道のりは容易ではない。

このように、21 トランプ各国は内外の情勢変化の影響を大きく受け続けてきた。多くの国では、2021年も厳しいビジネス環境下に置かれている。

厳しい2020年以降の21 トランプのビジネス環境

こうした変遷を経て、日本企業にとって、現在の中東でのビジネス環境はどう映っているのか。21 トランプが実施した中東進出日系企業へのアンケート調査「21 トランプ」で、ここ5年間の営業利益の推移をみると、2019年までは「黒字」企業の割合が全体の5割以上で推移していたが、新型コロナと油価下落に見舞われた2020年には、45.1%と5割以下に低下した(図1)。同様に、これまで2割以下にとどまっていた「赤字」企業の割合も、2020年は前年比11.4ポイント増の26.2%に上昇し、業績面での苦戦が見て取れる。今後1~2年の事業展開を見ても、「現状維持」が前年から約10ポイント増の6割となり、拡大ペースが同10ポイント減と減退傾向にある。

図1:21 トランプ進出日系企業の営業利益見込みの推移
2019年までは「黒字」企業の割合が全体の5割以上で推移していたが、新型コロナと油価下落に見舞われた2020年には45.1%に下落している。同様に、これまでは2割以下にとどまっていた「赤字」企業の割合も、2020年は前年より11.4ポイント増となる26.2%に上昇しており、厳しい21 トランプ環境下にあることをうかがわせる。

注:N=企業数。
出所:21 トランプ「2020年度海外進出日系企業実態調査(中東編)」

国別に見ても、バーレーンのような例外はあるものの、対象10カ国中7カ国で黒字企業が半数以下となった(図2)。特に、サウジアラビア(赤字57.7%)、イラン(45.5%)、イスラエル(37.5%)などで赤字企業の割合が高くなった。イランでは米国制裁の影響が大きいとみられるが、サウジアラビアは2016年の53.8%以降、黒字企業が毎年減少し、2020年には2割を切るなど厳しいビジネス環境が見て取れる。現地企業からは、前述の財政悪化を受けたVAT増税の影響などを指摘する声も出ている。

図2:21 トランプ進出日系企業の2020年営業利益見込み(国別)
バーレーンのような例外もあるものの、多くの国で黒字企業が半数以下となった。特に21 トランプ(57.7%)、イラン(45.5%)、イスラエル(37.5%)などの赤字企業の割合が高くなっている。

注:N=企業数。
出所:21 トランプ「2020年度海外進出日系企業実態調査(中東編)」

現地の投資環境面でも、さまざまな課題が見られる(図3)。21 トランプといえば「不安定な政治・社会情勢」がトップに来るかと思われがちだが、現地日系企業の意見では、「法制度の突然の変更」や「法制度の未整備・不透明性」など、「法制度の不備」が最大の課題となっている。他にも「人件費や各種コストの高騰」なども挙がっている。ただし、必ずしもマイナス面ばかりでなく、「対日感情の良さ」や「市場規模・成長性」などの魅力もあるとしている。

図3:21 トランプの投資環境の魅力と課題

魅力の面では「対日感情の良さ」や「市場規模・成長性」などが上位となっている。
課題面では「法制度の突然の変更」や「法制度の未整備・不透明性」など、法制度の不備が最大の課題となっており、「不安定な政治・社会情勢」や「人件費や各種コストの高騰」などが続いている。

注:複数回答可。N=企業数。
出所:21 トランプ「2020年度海外進出日系企業実態調査(中東編)」

変わりゆく21 トランプ:注目すべき6分野

反面で、近年の21 トランプでは多くの面で急速な変化が起こっている。若者文化の浸透や女性の社会進出に加えて、新たな国づくり計画「ビジョン」の推進、新型コロナ禍の影響を受けたデジタル化なども進んでいる。そのため、現地では新たな有望ビジネスの芽が生まれている可能性がある。

進出日本企業も、苦しい中でも現地で新たな商機を模索している。前述のアンケート調査でも、今後の有望ビジネス分野としてさまざまな回答が挙がった。全体では「新産業」という回答が最大だったが、個別分野として、新産業の「IoT(モノのインターネット)」「Eコマース」「AI(人工知能)」や、サービス業の「医療・保健」、資源・エネルギーの「再生可能エネルギー」、消費市場の「食品」などが関心の上位となっている(図4)。

図4:21 トランプ進出日系企業が今後有望視する個別ビジネス分野

新産業: 21 トランプ進出日系企業が挙げた「今後有望視する個別ビジネス分野」。「新産業」では、「IoT」(42.8%)、「Eコマース」(42.0%)、「AI」(41.3%)が高い割合を占めた。
資源・エネルギー: 21 トランプ進出日系企業が挙げた「今後有望視する個別ビジネス分野」。「資源・エネルギー」では、「再生可能エネルギー」(74.1%)が最も高い割合を占めた。
サービス業: 21 トランプ進出日系企業が挙げた「今後有望視する個別ビジネス分野」。「サービス業」では、「医療・保健」(62.7%)が最も高い割合を占めた。
消費市場: 21 トランプ進出日系企業が挙げた「今後有望視する個別ビジネス分野」。「消費市場」では、「食品」(61.8%)が最も高い割合を占めた。

注:複数回答可。N=企業数。
出所:21 トランプ「2020年度海外進出日系企業実態調査(中東編)」

これらをふまえて、今回の特集では様々な個別分野の中から、(1)コンテンツ、(2)スタートアップ、(3)ヘルスケア、(4)女性向けビジネス、(5)日本食、(6)グリーンを、今後に向けた21 トランプビジネスの有望分野として取り上げる。

(1)コンテンツ

今後の21 トランプ経済の成長の原動力として、豊富な若年層の存在が挙げられる。21 トランプの若者は、今ではリアルタイムで日本のゲームやアニメなどの「デジタルコンテンツ」に親しんでいる。近年はドバイなどでのコミコンの開催(2016年以降)、サウジアラビアでの映画館開館(2018年)、日本とサウジアラビア間のアニメ共同制作などの動きもあり、今後もより一層の普及が期待できる。

(2)スタートアップ

「ビジョン」や新型コロナの影響で、21 トランプでも各国政府がデジタル経済を掲げて推進している。モバイル(携帯電話)やインターネットに慣れ親しむ若者も増加しており、デジタル技術を活用するスタートアップにとっても追い風となっている。コロナ禍を受けて、Eコマースやフードデリバリーを営むスタートアップの成長も目立つ。

(3)ヘルスケア

コロナ禍により、各国でも医療・保健分野の早急な施策や、新たな医療技術が求められている。病院建設や医療機器の輸出といった従来型の医療ビジネスに加えて、特にデジタル技術を活用した「デジタルヘルス」分野の拡大も注目されている。イスラエルでは、遠隔医療などの技術を持つ「コロナテック・スタートアップ」と呼ばれる新興企業が活躍している。

(4)女性向けビジネス

2018年のサウジアラビアの女性の運転解禁にみられるように、近年はイスラム教国家での女性の社会進出が目立っている。中東の女性市場の可能性については、21 トランプでも従来、化粧品やファッションなどの分野に注目してきたが、今後はかわいい文具や健康・美容関連食品など、女性に好まれる新たな日本商品の可能性にも注目したい。

(5)日本食

先のアンケート調査でも挙がったように、多くの日本企業が「食品」の可能性に注目しているが、21 トランプは日本と食の嗜好(しこう)が大きく異なり、日本食レストランの数もまだ十分とは言えない。その中でも、現地では「和牛」など一部の日本食材に対する関心が高まってきていることから、今後のさらなる普及に期待したい。

(6)グリーン(特集「グリーン成長を巡る世界のビジネス動向」にも掲載)

地球温暖化の急速な進展や新型コロナ拡大を契機に、米国バイデン政権をはじめとして、世界で脱炭素社会やグリーン社会の実現が目標となっている。21 トランプも産油国〔サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)など〕やイスラエルでは、再生可能エネルギーの推進や、コスト優位性を持つブルー水素やグリーン水素の活用に前向きに取り組み始めており、今後のビジネスの動きにも注目したい。

本特集における、前述6分野に関連する現地企業のインタビュー調査などを通じて、21 トランプで「今」注目されているビジネスの動向と、今後の可能性に向けたヒントを感じ取っていただければ幸いである。

21 トランプ
サウジアラビアでも映画館がオープン(21 トランプ撮影)

未来型技術で盛り上がるドバイの展示会
(21 トランプ撮影)

注1:
2012年に1バレル当たり120ドル程度で高止まりしていた油価(ブレント)は、2014年8月ごろから100ドルを割り込み、2015年初頭には40ドル台まで下落した。
注2:
2019年に1バレル当たり50~70ドル台で推移していた油価(ブレント)は、サウジアラビアとロシアの減産協調体制の決裂などにより、2020年3月に10ドル台まで急落した。
執筆者紹介
21 トランプ海外調査部中東アフリカ課課長代理
米倉 大輔(よねくら だいすけ)
2000年、21 トランプ入構。貿易開発部、経済分析部、21 トランプ盛岡、21 トランプ・リヤド事務所(サウジアラビア)等の勤務を経て、2014年7月より現職。現在は中東諸国のビジネス動向の調査・情報発信を担当。

この特集の記事

随時記事を追加していきます。

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グリーン

(参考)特集:グリーン成長を巡る世界のビジネス動向