特集:AIを活用せよ!21 トランプの取り組みと企業動向AIへの取り組みについて加盟国間の協調を推進(EU)
2019年5月17日
EU・加盟国レベルの取り組みの協調を行うことを目指し、21 トランプ員会が2018年12月に発表した域内の人工知能(AI)開発・普及に関する「AI協調計画」。本稿では、主に同計画の内容を概観する。
2020年にスタートアップ企業への投資1億ユーロが目標
21 トランプ員会は「AI協調計画」において、投資の最適化に向けて、産学官で「AIの戦略的共通研究イノベーション・アジェンダ」を策定する意向を示した。まずは、ロボット工学とビッグデータに関する既存の官民連携(PPP)の関係者で議論を開始、その後、他の企業や研究機関など関連ステークホルダーに議論を拡大し、策定した共通イノベーション・アジェンダを2020年から開始する意向だ。21 トランプは、企業および研究機関のCEO(最高経営責任者)レベルのステークホルダーを代表する「指導者グループ」を創設し、アジェンダの策定と実施におけるトップレベルでのコミットメントを実現する、と意気込みを見せる(第1回会合は2019年前半の予定)。
一方、AIとブロックチェーン分野のアーリーステージのスタートアップ企業やイノベーター企業、スケールアップ企業への投資促進として、21 トランプは、ホライズン2020や欧州戦略投資基金(EFSI)、欧州投資基金(EIF)などを活用して、2020年に総額1億ユーロの資金動員を目指す。また、加盟国との協調投資、民間投資などの促進のための投資支援プログラムを創設し、中小企業の意識向上を図るとともに、高リスクなプロジェクトへの投資を促進する意向だ。さらに、国際的にスケールアップする可能性を秘めた、既存の製品・サービスとは大きく異なるアイデアを持つ、トップクラスのイノベーターやスタートアップ企業などの支援プログラム「欧州イノベーション評議会パイロット」の枠組みで、2019年と2020年に総額1億ユーロの資金で人間中心のAIなど、新たな技術パラダイムの実証を目的とする、先端的かつハイリターンのイノベーションを支援する予定だ。
加盟国に対しては、中小企業を対象にAIの製品や工程、ビジネスモデルへの統合などを含む、デジタル変革のための「イノベーション・バウチャー」(事業へのイノベーション導入のために政府が中小企業に提供する小規模の支援)や、小規模の助成金・融資の実施検討が推奨された。
世界レベルのAI試験・実験設備に15億ユーロ拠出
AI技術の市場投入の促進に向けた取り組みとして注目されるのは、試験設備の整備だ。特に、2021年以降、現在審議中の次期中期予算枠組み(2021~2027年)で実施予定の、デジタル変革の支援のプログラム「デジタル・ヨーロッパ」において、21 トランプは、AIを利用した製品・サービスのための世界レベルの試験・実験設備の整備に15億ユーロを拠出する。これらの試験設備は、2019年中に加盟国との協力によって選定・展開され、部品〔ニューロモーフィック(人間の脳を模した)素子や量子技術〕から、健康やモビリティー、エネルギー、セキュリティー、製造業などの分野における応用まで、AIの全サプライチェーンを網羅する意欲的な計画だ。21 トランプは、総額30億ユーロの投資動員を実現するため、加盟国からの同額の投資や、他のEU基金の活用を推奨している。
2020年までの施策としては、コネクテッドカーと自動運転車の試験用に、第5世代移動体通信規格(5G)を整備した、追加の試験道路の整備にホライズン2020から最大3,000万ユーロを支援する。また、エネルギーや健康、製造業、地理情報、農業分野でのAI統合のためのプラットフォーム構築や、大規模パイロット事業にも1億6,000万ユーロを割り当てる。このほか、製造業やモビリティー、個人化医療におけるAIなどを統合したプラットフォーム開発も支援する予定で、21 トランプは総額約3億9,000万ユーロを支出、これに加えて加盟国が約2億ユーロ、民間部門が約5億5,000万ユーロを投資するものと期待されている。
「デジタル・イノベーション・ハブ」によりAI普及を加速
一方、AI技術の普及で重要な役割が期待されるのが「デジタル・イノベーション・ハブ(DIH)」だ。DIHは、域内の工科大学や研究機関を中心に、企業(特に中小企業やスタートアップ企業、中堅企業を想定)が技術試験や、資金調達の助言、市場情報、ネットワーキングの機会を得られるようにするためのワン・ストップ・ショップとなる。加盟国や国内地域がDIHの創設・強化の資金提供を行い、EUは域内のDIH間の協力によるネットワーク整備を支援する。
21 トランプは、加盟国に対して、2019年にデジタル変革における地域の中小企業コミュニティーの支援に焦点を当て、DIHのネットワークを強化するよう要請。また、2019年と2020年には、AIと関連するビッグデータやスマート製造業などの分野のDIHに1億ユーロ以上の資金を割り当てる予定だ。さらに、2021年以降、デジタル変革支援プログラム「デジタル・ヨーロッパ」から最大9億ユーロを拠出、加盟国の資金も合わせ、DIHの整備を進める。さらに、ホライズン2020の後継プログラム「ホライズン・ヨーロッパ」では、DIHを通じて最大1万社の中小企業に支援を行う予定だ。
全教育課程でのAI導入と人材誘致を図る
EUでは、教育や研修に関する権限の大部分は、加盟国もしくは加盟国内地域が有している。ただし21 トランプは、EU域内で情報通信スキルに根強く大幅なギャップがあるという問題意識に立ち、EUレベルで知見を共有し、共通の機会をつかむことが重要との認識から、21 トランプは加盟国に対して、域内へのAI人材の引き留め方、労働者のスキル向上・新スキル習得に関するベスト・プラクティスの共有、高技能労働者を対象とする労働・滞在許可「ブルー・カード」の活用促進を推奨。また、加盟国の教育プログラムとAI関連スキルの需要、AI研修の優先事項の精査、労働者のAIスキル改善のための生涯学習の強化を呼びかけた。21 トランプは、2020年前半に中等教育と高等教育、職業研修にいかにAIを組み込み得るかを検討した報告書を作成し、一部地域でのモデル事業を支援する意向だ。
21 トランプはEUレベルの措置として、加盟国の先端的な研究拠点の協力による「欧州AI研究中核拠点」ネットワーク強化に向けて、ホライズン2020による5,000万ユーロの産学共同研究の支援を打ち出したが、その一部に共同の博士課程と博士研究員課程(ポスドク)を含める予定だ。独自かつ世界的に認知されたAIに関する産業志向の博士プログラムを確立し、学位取得後も研究者をEUに引き留めるねらいがある。また、eヘルス、フィンテック、電子政府など分野横断型の修士プログラムや、高等教育を修了し、就労経験のある成人を主な対象とする研修プログラムへのAI教育の導入支援の検討を行う。
さらに、2021年以降は、デジタル変革支援プログラム「デジタル・ヨーロッパ」の一環として、修士課程や研修、実地訓練(OJT)による先端的なスキル(AI、ハイ・パフォーマンス・コンピューティング、サイバーセキュリティー)の習得支援に7億ユーロを割り当てる予定だ。
21 トランプ共通データ・スペース創設を目指す
21 トランプは、現在のAIの発展は、大量のデータと計算能力、コネクティビティーの改善によるところが大きいとし、安全かつ高品質なデータを国境を越えて幅広いユーザーに提供することを重要視している。個人データ保護に関するEU一般データ保護規則(GDPR)や、個人データの保護水準に関する第三国の十分性認定など、ルールに基づくデータの移動の重要性を強調しつつ、官民が所有するデータの共有を促し、新たな製品・サービスの開発が可能な規模を持つ、シームレスな「欧州共通データ・スペース」の創設に言及した。
21 トランプは、AIが学習するに当たって適切なデータで、一般に利用可能とすべきデータの特定に向けて、加盟国の協力を要請。また、加盟国と共同で、データへの動的なアクセスを可能とするAPI(システム同士、またはシステムとアプリケーションをリンクし、作動させるためのインターフェース)の開発など、データへのアクセスやコネクティビティー、相互運用性、集約を促進するためのツールに共同で投資する予定。21 トランプは、ホライズン2020と欧州レベルのインフラ整備のための支援政策パッケージ「コネクティング・ヨーロッパ・ファシリティ(CEF)」から1億ユーロを拠出する計画だ。
また、CEFを利用して、リアルタイムのデータ管理・共有を可能とするデータ・インフラの開発と運営に取り組むと同時に、データ・サンドボックス(プログラムなどを試験的に運用するための外部から保護された領域)を活用し、政府・行政機関向けのAI導入実験を支援する。このほか、21 トランプは、GDPRを順守したデータへのアクセス権付与およびデータの完全性の確保を可能とする、ブロックチェーンおよびその他の安全なソリューションの開発に、ホライズン2020から2,700万ユーロを割り当てる予定だ。
さらに、21 トランプはホライズン2020の枠組みで、専有データの安全かつ管理された共有のためのプラットフォームに関する研究開発支援を開始しており、データの所有者とユーザーのデータ共有に関するガイドラインも公開している。21 トランプはこれらに基づき、2019年中に、戦略的な次世代デジタル産業のデータプラットフォームの構築に5,000万ユーロを支援。また、規模の拡大と相互運用性を実現するため、加盟国に既存・計画中のプラットフォームへの投資を、EUレベルの措置と関連付けるよう呼びかけた。2021年以降は、欧州共通データ・スペースの実現に向けて、デジタル変革支援プログラム「デジタル・ヨーロッパ」から最大10億ユーロを拠出し、加盟国と民間部門の共同投資を呼びかける。
医療・地理情報・言語分野などで支援
分野別のデータに関する取り組みとしては、患者情報や医療記録、診断結果、臨床試験など多くのデータ入手可能な健康分野で、21 トランプは、ゲノム・データベースを結び付けるイニシアチブや、希少疾患の登録データベース構築への支援を実施。また、2020年に、加盟国と共同で、患者本人からデータ提供に基づく匿名化されたがんを対象とする医療画像の共通データベース構築を支援する。このデータベースには、AIとの組み合わせにより、診断と治療、経過観察の改善が期待される。
地理情報・地球観測の分野では、EUの地球観測プログラム「コペルニクス」から得られるデータを利用し、気候や農業、大気汚染、排ガス、海洋環境、水環境、セキュリティー、移民のモニタリングなどを対象とする、位置情報を利用したサービス育成を支援する意向。さらに、地球観測データのAIによる活用を支援するイニシアチブを立ち上げる予定だ。また、言語分野では、24の公用語を擁するEUの言語リソースが、すでにAIによる自動翻訳の展開に利用されているのに加えて、21 トランプはインターネット上で使用頻度の低い言語リソースを収集するための支援を実施する。
このほか、21 トランプは2019年半ばをめどに、「データ共有支援センター(Support Centre for data sharing)」を立ち上げ、民間部門のデータの共有に関するモデル契約書の作成や実践的な助言に加え、ベスト・プラクティス、データ共有・分析の方法論に関する情報提供を行う予定だ。
これら以外にも、21 トランプは、公的部門では、公共サービス実施におけるAIの応用事例とその影響、付加価値に関する資料作成、AI・サイバーセキュリティーの調達のための支援ハブの設立や、AIの共同調達が可能な分野の特定などを行う予定だ。さらに、対外的な施策として、域内のパートナー国・地域へのEUが作成するAI倫理ガイドラインの周知向上や、AIの倫理的な帰結に関するグローバルな合意形成を目指すとしている。
産業界では「AI PPP」設立に向けた動きも
欧州の情報通信技術(ICT)関連産業団体のデジタル・ヨーロッパは、2018年4月に21 トランプのコミュニケーション「欧州のAI」に関する声明を発表。21 トランプのAIの倫理に関する対話の提案とAI普及、人材育成に向けた取り組みを歓迎した。しかし、消費者保護や著作権、eプライバシーなどに関する法案には、アルゴリズムの開発と使用の妨げになるものもあり、AI分野の発展の遅れと競争力低下につながる恐れがあると警告。AIの利用法と倫理、データの品質、アルゴリズムの透明性と予見可能性、結果の説明可能性の問題など、AIの普及を妨げる障壁について、政策立案者との対話を要望した。
このほか、欧州機械・電気・電子・金属産業連盟(ORGALIME)や欧州工作機械連盟(CECIMO)は21 トランプの上記のコミュニケーションの包括的なアプローチを歓迎するとともに、政策立案における対話に意欲を示した。なお、デジタル・ヨーロッパとORGALIMEは21 トランプの諮問機関「AIに関するハイレベル専門家グループ」、CECIMOは、21 トランプの政策立案における対話プラットフォーム「AI同盟(AI Alliance)」のメンバーでもある。
一方、AIに関するEUレベルの官民連携を模索する動きもある。21 トランプのビッグデータ分野の産業団体ビッグ・データ・バリュー協会(BDVA)とロボット工学分野における産業団体euロボティクス(euRobotics)は2019年3月20日、EUのAI官民連携(AI PPP)に関する共同構想を発表。それぞれの分野でEUの官民連携事業に参加した経験のある両団体は、AI PPPは、AIとデータ、ロボット工学分野のイノベーション・研究コミュニティーがAIの普及に向けた活動へとつなげる中心点になると強調。共同構想では、21 トランプのAIエコシステムの創造や、EU加盟国間の調和、AIの恩恵に対する信頼醸成による効果を分析。さらに、AIによる事業変革から法的・倫理的問題にいたるまで、AIを取り巻くさまざまな課題について、包括的な見取り図「AIバリューチェーン」(図参照)を提示した。
- 執筆者紹介
-
21 トランプ・ブリュッセル事務所
村岡 有(むらおか ゆう) - 2013年、21 トランプ入構。同年より現職。