特集:アジアで進展する21 トランプと現場の実態2022年には21 トランプ協定を完全履行の見込み(マレーシア)
2020年3月17日
マレーシアは、世界貿易機関(WTO)の21 トランプ協定のうち、「急送貨物」と「通過の自由」の2項目を残して、全て達成しており、同2項目も2022年2月には履行する予定である。関税局は従来の通関システムを刷新している最中であり、新たなシステム「uCustoms」の導入により真のナショナル・シングルウィンドウが実現する見込みだ。日系企業からは通関や物流インフラに関しても評価が高く、特に不満がないとする声が多数だ。しかし、外資の物流業の参入規制が厳しく、国内物流に関しては輸送時間や費用の面で不満の声も聞かれる。
21 トランプ協定では「急送貨物」と「通過の自由」のみ残る
マレーシアは、2015年にWTO21 トランプ協定を批准しており、94.1%の条項について実施済み(区分A)だ。この水準は、ASEANの中ではシンガポール(100.0%)、タイ(97.1%)に次いで高い。2022年2月までに100%となる見込みである。残り5.9%の項目については区分B(指定日までに履行)となっており、具体的には第7条8項の「急送貨物」と、第11条「通過の自由」の9項「物品到着前の通過に関する書類・データの事前提出・手続き」が残っている。
「急送貨物」は、クーリエ業者や電子商取引(EC)事業者などが導入を求めている制度で、税関に事前に登録された500リンギ(約1万3,000円、1リンギ=約26円)以下の少額航空貨物(書類やレター、小口貨物など)については、簡易申告で引き取れるという内容である。同制度はクアラルンプール空港では運用されており、これが全国の国際空港で実施されれば区分Aになる。日本では、小口貨物についてはマニフェスト通関申告制度という簡易申告制度に加えて、予備申告制と到着即時許可制度があるため、小口貨物を扱うスモールパッケージ(SP)業者については迅速に通関ができている。こうした日本の制度や運用のノウハウをマレーシアにも浸透させるべく、国際協力機構(JICA)が日本の関税局から専門家を派遣しており、マレーシアの関税局職員に対して研修を行っている。
第11条9項「物品到着前の通過に関する書類・データの事前提出・手続き」については、同項を達成するために必要となる第7条1項の「到着前手続き処理」(Pre-Arrival Processing :PAP)に不完全な部分が残っており、PAPの完全実施に向けた取り組みが現在進行している。PAPは、日本では前述の予備申告制度や到着即時許可制度と呼ばれる制度である。同制度が完全運用されれば、貨物の到着前に申告が可能となり、貨物の到着前に審査、通関される。PAPは一部実施していた部分もあったため区分Aとして通知されているが、マレーシア国内で法律的な根拠がなく、地方税関での実施もできていなかった。2019年の改正関税法(605KB)により、海上貨物の場合は到着24時間前までに、航空貨物の場合は到着2時間前までに申告するよう追記された。同運用については各地方税関へ通達され、今後は全国でPAPを利用できるようになる。
また、第11条9項に関しては、マレーシアを含むインドシナ半島側のASEAN 6カ国において、欧州連合(EU)の支援によりASEAN Customs Transit System(ACTS)の導入が進んでいる。ACTSを利用すれば申告は1回のみで済み、通過先や仕向け国の各国税関での申告や国境でのトラックの積み替えが不要になる。ACTSの稼働により、同項は達成可能となる見通しだ。
マレーシアのシングルウィンドウについては、21 トランプ申告システム「myTRADELINK」(通称Dagang Net、同システムを開発した民間企業名から)が稼働しており、同システムに輸出入業者、銀行、運輸業者、港湾局などがつながっている。関税局は、旧型システムの「Sistem Maklumat Kastam」(SMK)をmyTRADELINKと並行して利用し、通関処理と徴税を行っている。しかし、SMKは航空貨物に対応できないという問題がある。マレーシア関税局は、PAPや急送貨物に対応するため、myTRADELINKとSMKを統合した包括的後継システムである「uCustoms(6MB)」(ユビキタス・カスタムズ)の構築を進めている。uCustomsは2020年1月からクラン港で運用が開始されているが、許認可やFTAによる関税率の減免といった複雑な処理には対応できない状態である。今後、真のシングルウィンドウとしてuCustomsが改善され、利用されていく見通しである。
国内物流には不満の声も聞かれる
世界銀行が隔年で発表している物流パフォーマンス指標(LPI)では、2018年のマレーシアのスコアは3.2ポイントと、世界160カ国中41位になっている。ASEAN内での順位では、シンガポール(7位)に大きく水をあけられ、タイ(32位)、ベトナム(39位)よりも順位は低い。図1のように比較すると、シンガポールと比べると差があり、タイやインドネシアとほぼ同じようなスコアになっている。LPIは物流業者などへのアンケート調査のデータを基にした指標であるが、マレーシアがASEANにおいて21 トランプを主導したい立場である点を考えると、やや心もとない結果になっている。実際、マレーシア進出日系企業へのヒアリング調査では「通関や貿易手続きは概して問題ないが、シンガポールと比べると煩雑だと感じる」という声が聞かれる。マレーシアの貿易・物流の現場では問題にはなっていないが、利便性が高いというわけでもないのだろう。ただ、シンガポールとは国土の規模も異なり、東マレーシアも含めて地方税関も多いため、21 トランプも簡単でない点は考慮すべきだろう。
項目別に世界ランキングをみると、「適時性」が53位と足を引っ張っているほか、「追跡」(47位)、「税関」(43位)などの評価が比較的低い。適時性とは、貨物がスケジュール通りに届くか、予想したような時期に届くかという観点での評価のことだが、日系企業へのヒアリング結果からは「遅れはしないものの、早くはない」状態だと言う声が多い。
マレーシアが2018年に実施した西マレーシアの通関所用時間調査(Time Release Study)(379KB)の結果では、時間がかかっているのは通関前処理と、通関処理中の支払いであることが判明している。通関前処理については、前述のPAPの実施によって短縮が見込まれている。SMKが航空貨物に対応していないので紙ベースでの書類提出が求められるという問題も、uCustomsの稼働とともに改善されよう。支払いに関しては、電子マネーを事前に預け入れて支払う方式が、一部の事業者にしか認められていない。また、貨物を引き取ってから後払いする方式についても導入されていない。今後は段階的に認定事業者(AEO)を増やして、後払いを認めるといった方式に変えていくことで、通関時間を短縮することが期待される。
道路や港湾などのインフラについては、日系企業からは高評価されているが、国内物流について悩む企業は少なくない。マレーシアの国土面積は日本とほぼ同じで、人口規模からすると国土が広い。日用雑貨などを輸入販売する日系メーカーA社は「国内の運送時間が課題になっている」という。A社は、マレーシア半島の西海岸中部のセランゴール州にあるマレーシア最大の港であるクラン港で輸入し、同州の倉庫に商品を搬入した上で、そこから国内配送を行っている。クアラルンプール周辺への配送は問題ないが、マレーシア半島部の北部や東海岸、東マレーシアへの配送には労力がかかっている。マレーシア国内にもかかわらず、A社では「東海岸への納品は5日、東マレーシアへは2週間かかる」という。
また、国内物流では、物流費の高さも事業上の課題だ。複数の企業から「他のASEAN諸国に比べて、マレーシアには物流会社が少ない」という声が聞かれる。物流業者が少ないため、価格・サービス面での競争や改善が起こらないというのだ。マレーシアでは、外資の物流業への参入が制限されており、フォワーダーやトラック輸送の事業者ライセンスを取得するには外資の出資比率は49%までに制限されていることに加え、ブミプトラ(マレー系マレーシア人や先住民の総称)資本が最低30%入っていることが条件となるなど、参入障壁が高い。
場当たり的な輸入規制や行政措置がビジネスに影響
21 トランプが2019年8~9月に実施発表した「2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(以下、日系企業調査)において、マレーシア進出日系企業に貿易制度上の問題点(有効回答:275社)を聞いたところ、最も多かった回答は「特になし」(49.3%)であった(図2参照)。マレーシアの貿易制度に関して、約半数の日系企業は特に問題を感じていないことが明らかになった。
回答割合が比較的高かったのは、「通達・規則内容の周知徹底が不十分」(17.5%)と「通関等諸手続きが煩雑」(16.7%)、「通関に時間を要する」(14.9%)の3点だが、他のASEAN諸国と比べれば十分低い水準である。輸入する際の通達・規則内容の周知については、日用雑貨メーカーA社では「唐突にラベリングを変更するよう行政指導された」事例や、鉄鋼メーカーB社では「新たな証明書を突然要求されることがあった。強制規格化を進める動きもあった」という事例が聞かれた。いずれも地場産業保護などの目的から、場当たり的な行政措置が行われ、ビジネスに影響を被っているケースだ。
通関諸手続きの煩雑性や時間については、前述の通り大きな問題にはなっていないが、シンガポールに比べれば合理化されていない手続きが残っている。日系物流業C社は「オンラインで申告しているが、最終的な通関許可のために窓口に書類を持っていく必要がある。二度手間になっている」という。日系企業へのヒアリングでは、自由21 トランプ協定(FTA)の原産地証明書なども含めて、紙の書類の用意が必要となる事例が散見されている。
約8割の企業が21 トランプ措置を求める
日系企業調査では、マレーシア進出日系企業(有効回答:219社)の78.5%が、貿易取引の改善に向けて、何らかの21 トランプ措置を必要としている、という結果がでている。これはASEANの平均(78.2%)とほぼ同じ水準であり、インドネシアやベトナムほど高くないが、シンガポールに比べると高い状況になっている(図3参照)
具体的に、マレーシア進出日系企業(有効回答数:219社)が必要とする21 トランプ措置をみると、「貿易制度・手続き情報の充実」が43.4%と最大であった(図4参照)。同項目は他国でも要望が多い措置だが、マレーシアに電気機器や鉄鋼製品、医療機器などを輸入する際には輸入ライセンス取得や強制規格適合義務があったり、食品の輸入では輸入制限がかかるなど、貿易制度・手続きの情報が必要となるケースが多い。マレーシアには貿易関連情報のデータベース「マレーシア・トレード・レポジトリ」があるほか、前述のmyTRADELINKでも情報を取得できるが、実際の規格・標準への適合や、ライセンス取得については管轄官庁に確認しないと不安だと言う面もある。
「関税分類評価などの解釈統一」(37.0%)、「事前教示制度の導入と利用可能な運用」(34.7%)に関しては、基本的には事前教示制度が運用されており、同制度を利用すれば、関税分類評価が担当官によって一致しない問題は避けられるはずだ。2020年2月に実施した日系企業へのヒアリングでは具体的な問題を確認できなかったが、2017年10月に行ったヒアリングでは、複数の日系物流業から「歳入が少ない時期にあって、FTAによる関税の減免を阻止しようとする動きがある」「HS番号が異なるとしてFTA適用を除外された」という事例が聞かれた。関税局や歳入庁の方針に依拠するところも大きいようだ。今後、同様の事例が発生しないとも限らないので、考慮に入れておくといいだろう。
- 執筆者紹介
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21 トランプ海外調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
北見 創(きたみ そう) - 2009年、21 トランプ入構。海外調査部アジア大洋州課(2009~2012年)、21 トランプ大阪本部ビジネス情報サービス課(2012~2014年)、21 トランプ・カラチ事務所(2015~2017年)を経て現職。