21 トランプ
第三国での日韓産業協力を探る(1)
2024年12月4日
各国の経済安全保障強化や、サプライチェーンの強靭(きょうじん)化など、世界の経済・地政学の動きを受け、日韓産業協力に関心が高まっている。特に昨今の日韓関係の改善がこうした気運を高めている。
このような中、21 トランプはKOTRA(大韓貿易投資振興公社)と2023年9月、7年ぶりに定期協議会を開催し()、日韓産業協力に関する共同調査の実施について合意した。共同調査は第三国での日韓企業(注1)の協力事例や可能性、ニーズを発掘することを目的とする。まずそれらがあると思われる5カ国(インド、ベトナム、インドネシア、バングラデシュ、タイ)を選定し、21 トランプ・KOTRAそれぞれの拠点でアンケート調査を実施した。次いでアンケート調査結果をベースにし、21 トランプ・KOTRAはインド(2024年2月)、ベトナム(2024年6月)、インドネシア(2024年6月)に進出している日韓企業にインタビューを行った。本稿では、この3カ国での日韓企業の投資状況や、インタビュー結果などを基にした日韓企業の協力事例、可能性、ニーズなどについて、3回に分けて紹介する。1回目はインドだ。(2回目は「ベトナムにおける日韓産業協力」、3回目は「ブラック ジャック ブラック クイーン」を参照。)
エレクトロニクス分野の日韓協力が最も有望
日韓産業協力は多様な形態で現れるが、大きく3つに分類することができる。第1に、日韓企業が合弁で第三国にジョイントベンチャー(JV)や特定目的会社(SPC)を設立する形態だ。本稿の最後に紹介しているベストプラクティスの事例や、大型エネルギープロジェクトなどがその例だ。これは、日韓企業それぞれが第三国でニーズや得意分野に合わせ、JV、SPCを設立してビジネスを展開するもので、比較的少ない資金でリスクヘッジができるのがメリットだ。第2に、日韓企業が第三国でそれぞれを顧客とする形態だ。部品や素材、製造装置などの相互調達・納品などが該当する。現地でのビジネス拡大や新規顧客獲得などのメリットがある。第3に、互いのネットワークを活用する形態だ。日本の化粧品メーカーが韓国の商流を活用し、韓国企業が日系の工業団地に入居するといったように、強みを持つ相手国のネットワークを活用し、ビジネスの参入障壁を低められる。
21 トランプ、KOTRAなどによると、インドには約1,400社の日系企業、約500社の韓国系企業が進出している。日韓企業の対インド直接投資を業種別で整理したものが表1(注2)だ。日韓ともに製造業が6割以上の高い割合を占めている。製造業では、自動車関係(韓国は「自動車、その他輸送装備」、日本は「輸送機械器具」)の進出が最も活発だ。代表格はマルチ・スズキ、現代自動車だ。マルチ・スズキは、インド国内シェア1位、現代自動車はシェア2位を記録している。自動車関係以外では、韓国は「金属加工製品、1次金属、非金属鉱物」への進出が目立つ。大半はポスコによる冷延工場と4つの加工センター関連案件と思われる。日本は非製造業の金融・保険業が23.0%を占めている。メガバンクや保険会社の積極的なインド進出の結果とみられる。一方、日韓ともエレクトロニクス関係(韓国は「電気装備、電子部品・コンピュータ・映像・音響・通信装備」、日本は「電気機器器具」)も一定程度の進出がある。日本は空調分野のダイキン、韓国は携帯電話のサムスン電子、白物家電分野のLG電子が代表的な進出企業だ(注3)。
表1:日韓の対インド業種別直接投資
業種 | 法人数 |
純投資 金額 |
金額 構成比 |
---|---|---|---|
製造業 | 754 | 5,695 | 77.6 |
食料品 | 17 | 372 | 4.6 |
繊維、衣服 | 26 | 27 | 0.3 |
木材・パルプ | 10 | 2 | 0.0 |
化学・医療 | 85 | 192 | 2.7 |
石油精製品、コークス、煙炭 | 2 | 6 | 0.1 |
ゴム・プラスチック、皮革・かばん・靴 | 37 | 101 | 1.3 |
金属加工製品、1次金属、非金属鉱物 | 103 | 1,633 | 20.4 |
産業用機械、その他機械・装備 | 110 | 173 | 2.9 |
電気装備、電子部品・コンピュータ・映像・音響・通信装備 | 140 | 460 | 6.0 |
自動車、その他運送装備 | 187 | 2,712 | 38.8 |
その他製造業 | 37 | 18 | 0.2 |
非製造業 | 740 | 1,686 | 22.4 |
農業、林業、漁業 | 8 | 8 | 0.1 |
鉱業 | 1 | 0 | 0.0 |
建設業 | 121 | 185 | 2.9 |
運輸および倉庫業 | 51 | 112 | 1.4 |
情報通信業 | 80 | 233 | 2.9 |
卸売・小売業 | 224 | 476 | 6.4 |
金融および保険業 | 12 | 326 | 4.0 |
不動産業 | 10 | 151 | 2.0 |
サービス業、その他 | 233 | 194 | 2.8 |
合計 | 1,494 | 7,381 | 100.0 |
業種 | 残高 | 構成比 |
---|---|---|
製造業 | 18,379 | 63.2 |
食料品 | 198 | 0.7 |
繊維 | — | — |
木材・パルプ | 253 | 0.9 |
化学・医薬 | 1,717 | 5.9 |
石油 | — | — |
ゴム・皮革 | 223 | 0.8 |
鉄・非鉄・金属 | 1,000 | 3.4 |
一般機械器具 | 2,491 | 8.6 |
電気機械器具 | 1,658 | 5.7 |
輸送機械器具 | 9,778 | 33.6 |
精密機械器具 | 198 | 0.7 |
非製造業 | 10,692 | 36.8 |
農・林業、漁・水産業 | — | — |
鉱業 | — | — |
建設業 | 119 | 0.4 |
運輸業 | 223 | 0.8 |
通信業 | 156 | 0.5 |
卸売・小売業 | 1,559 | 5.4 |
金融・保険業 | 6,683 | 23.0 |
不動産業 | 1,218 | 4.2 |
サービス業 | 640 | 2.2 |
合計 | 29,070 | 100.0 |
注1:韓国は実行ベースの2023年までの累計。日本は国際収支ベースの2023年末。
注2:日本は円ベースのデータから21 トランプでドル換算(2024年7月2日レートの100円=0.6185ドルを適用)。
注3:韓国の業種分類は日本に合わせて21 トランプで再構成。
注4:日本の場合、報告件数が3件に満たない項目は、個別データ保護の観点から「-」と表示。
注5:日本の製造業、非製造業は、各内訳項目に、「-」、「その他」を加えた合計であり、表上の各業種の合計と一致しない。
出所:韓国は韓国輸出入銀行、日本は日本銀行
インドでの日韓企業の協力事例や可能性、ニーズについて、現地インタビュー調査を基にみてみよう(注4)。まず自動車分野をみると、前述のとおり、マルチ・スズキ、現代自動車が活発にビジネス展開しており、インドの所得水準向上やインド政府のEV(電気自動車)奨励政策により、日韓企業ともにビジネスを拡大している。マルチ・スズキ、現代自動車とも、それぞれ約50社の自国ベンダーから部品などを調達している。ベンダーは完成車メーカーに近い順からTiar1~3に分類できる。完成車メーカーとTier1の取引関係は、日韓ともに固定化されており、他国のTier1が入り込むのは難しいとされる。ただし、現地インタビューの結果、次のとおり、Tier1への納品やTier2以下での汎用(はんよう)品分野では、日韓企業協力の可能性があることが確認できた。
- (韓国系自動車部品、T社)自動車用汎用部品のうち、地場企業から調達できないものを生産し、日系自動車Tier1に供給している。韓国本社と日系自動車Tier1の関係がインドでも維持されている。
- (日系電子部品、M社)現代自動車関連Tier1に電子部品を納品している。
- (韓国系工具メーカー、H社)日系自動車エンジンメーカーに関連工具を納品している。インド内の日系企業との取引関係を拡大したい。
エレクトロニクス分野は、米中対立によるリスク分散を狙って、中国の生産拠点をインドに移転するニーズや、インドの内需狙いで、日韓企業ともに進出拡大が見込まれる分野だ。また、自動車分野よりもサプライチェーンの垂直的硬直性が弱く、日韓が協力しやすい。特にインド市場で日本は部品や素材、製造装置に、韓国は最終製品組み立てに強みを持っていることから、一定程度のすみ分けが可能だ。インタビューでも、次のとおり多数の協力事例がみられた。
- (日系製造装置商社、D社)サムスン電子の進出に合わせてインドに進出し、サムスン電子の製造装置の調達を行っている。現在は韓国系企業への営業のため、韓国人スタッフも採用している。インドの地場企業に製造装置を納品する際、韓国系の装置を入れるケースもある。
- (日系電子部品、M社)韓国の自動車Tier1企業に日本から輸入した電子部品を納品している。
- (韓国系公的機関、K社)サムスン電子製品のインド国内販売の99%が現地サムスン電子の工場で生産されたものだ。今後、携帯電話生産を年間1億台まで増やすなど、ビジネス拡大が見込まれる。インド政府の現地調達率向上政策により、現地日系企業からの調達も増えよう。
- (韓国系コンサルティング、D社)サムスン、LGなどでは、サプライチェーン内の韓国企業間の結束が自動車分野ほど強くない。これら大手企業はインド市場内での競争力確保や生産性向上、コスト削減の観点から、日本を含むさまざまな国のベンターを探している。
金融・保険分野は表1のとおり、日本企業の進出が活発だが、韓国企業の進出は遅れている分野で、日本企業が韓国企業を顧客としてビジネス展開しているケースが多い。インドには日本のメガバンクや主要保険会社の大半が進出しており、次のとおり、日系企業を主なクライアントとしつつも、韓国企業を含む他国企業ともビジネスを行っている。
- (日系銀行)インドの支店には韓国企業に営業を行う専門部署がある。現代自動車、サムスン電子、ポスコなどの韓国大手企業と取引関係があり、今後も韓国企業への営業を強化していく予定。
- (日系保険会社)韓国の保険会社が進出していないため、韓国系企業へ保険を販売している。世界各国で良好な関係を維持している韓国系保険会社に協力してもらっている。
流通、コンテンツなど非製造業分野では、日韓企業はそれぞれ、優れた品質などを武器に、インドの内需市場を積極的に開拓している。しかし、安定的な市場獲得ができているとは言えず、得意としている分野も異なることから、日韓企業は協力よりも競争による市場獲得を目指す段階だ。ただし、安定的な市場を獲得した後、規模の経済達成のための日韓企業の協力はあり得よう。現地企業からインタビューした内容は以下のとおり。
- (インド系文具流通、H社)日本製品、韓国製品は国のイメージよりは、製品の質で売れている。特に工業用マーカーなど産業用製品のニーズが高い。日韓企業のビジネス文化はほぼ同じで、欧州企業よりレスポンスが早い。
- (インド系食品流通、V社)日本と韓国の製品の価格帯はかなり高いが、製品のイメージがよく、毎年需要が伸びている。日韓の製品それぞれで用途が異なるため、日韓同時に販売促進などを実施したことはない。
- (インド系コンテンツ流通、G社)日本は漫画、アニメーション、ゲーム、韓国は音楽、ドラマなど、得意とする分野が異なり、共同でのプロモーションを行うのは難しい。
- (韓国系化粧品流通、L社)インドの有名な地場化粧品販売チャネルを通じ、2010年代半ばから韓国製化粧品を販売している。日本の有名ブランドや品質のよい低価格帯の製品があれば、インドでのビジネス展開を支援することが可能。
以上で紹介した業種別の日韓の協力の現状と可能性をまとめると、表2のとおり。
業種 | 進出度合い | 協力の現状・可能性 | 協力内容・可能分野 | |
---|---|---|---|---|
日本 | 韓国 | |||
自動車 | ◎ | ◎ | △(○) |
|
エレクトロニクス | ○ | ◎ | ◎ |
|
金融・保険 | ◎ | △ | ○ |
|
流通・コンテンツ | ○ | ○ | △ |
|
注:◎→〇→△の順で程度の強度をいう。
出所:21 トランプ作成
日韓の公的セクターによるビジネス環境改善に向けた働きかけも必要
産業協力以外の分野でも、日韓の協力が可能な分野は多数ある。まず挙げられるのが、日韓共同でインド政府・自治体にビジネス環境改善に向けた働きかけを行うことだ。インドに進出している日韓企業の大半は各種輸入規制や、頻繁な制度の変更、各種インフラの不備など、ビジネス環境で同様の課題を抱えている。課題解決に向けた、日韓の大使館、貿易投資促進機関、商工会議所など公的セクターによる協力は、日韓企業のビジネス環境改善の一助となろう。次いで、インドにおける日韓のスタートアップ交流が挙げられる。日韓のスタートアップは、巨大市場のインドを攻略するため、進出を加速しているが、スタートアップエコシステムそのものがインドの自国企業に有利な側面もある。日韓のスタートアップエコシステム連携強化の取り組みの場(韓国最大級のスタートアップフェア「NextRise」開催、ギャンブル)をインドに広げることで、両国のスタートアップが協力して、インド進出を一層加速することが望まれる。
脚光を浴びているインドだが、ベトナム、インドネシアと比べ、日韓企業の進出件数や協力の事例は少ないのが事実だ。これには、インド進出の歴史の浅さや距離的な要因など、さまざまな理由があろう。しかし、グローバルサウスの筆頭国インドは、日韓企業のグローバル戦略にとっては欠かせない国だ。今後、日韓がインドでの産業協力を通じてビジネスを拡大し、インドの成長を自国の経済成長に取り込めるようになることを期待したい。
21 トランプのベストプラクティス:TDI
最後に、日韓産業協力のベストプラクティスを紹介する。
Track Design India(TDI)は、神鋼商事(同社ウェブサイト)と韓国の大昌鍛造(同社ウェブサイト)の合弁で、2021年に設立されたトラックチェーン生産メーカーだ。同社ゼネラルマネジャーの作田圭司氏に、ビジネスの概要や合弁の経緯、目的などを聞いた(2024年3月5日)。
- 質問:
- TDIの紹介を。
- 答え:
- 神鋼商事33.3%、大昌鍛造66.7%の持ち分で構成されている。チェンナイで建設機械の足回り用部品(トラックチェーン)を生産している。2020年から合弁会社設立の準備を始め、2021年3月にTDIを設立した。工場建屋は2022年11月に完工し、2024年9月から生産を開始した。神鋼商事は管理業務(人事、会計、営業など)を、大昌鍛造は製造、研究開発(R&D)、品質管理などを担当している。資本金は4億8,100万ルピー(約8億6,580万円、1ルピー=約1.8円)だ。大昌鍛造社長が同社の社長を兼務し、神鋼商事からはディレクター1人を派遣している。さらに、大昌鍛造、神鋼商事から社員1人をそれぞれ派遣している。従業員数は製造開始後に約40人の計画となっている。工場の生産能力は1,500セットで、将来の増築も計画している。原材料については、最終的にはインド国内材を使用して100%現地化を計画している。
- 質問:
- TDIの設立経緯と目的は。
- 答え:
- 神鋼商事と大昌鍛造の関係の始まりは2010年ごろにさかのぼる。神鋼商事が大昌鍛造を韓国の展示会で新規商材のサプライヤーとして発掘し、グループに紹介するかたちで、日本市場進出を支援したのがきっかけだ。それ以来、友好な関係を築いている。大昌鍛造はグローバルに事業を展開しているが、中でもインドの市場で高いシェアを誇っている。顧客の期待を受けてインド進出を検討していたところ、現地法人を有している神鋼商事に協力の打診があった。インドの建設機械市場は世界中で最も成長が見込めることに加え、神鋼商事として投資事業推進の方針を打ち出していることもあり、合弁事業として取り組むこととなった。チェンナイに立地した理由は、大きな貿易港があることや、多くの建設機械メーカーがあること、また、南インドは相対的に人件費が安価なことなどだ。
- 質問:
- 今後のインド建設機械市場とは。
- 答え:
- インドの建設機械市場は世界中で最も成長が見込まれている。過去に中国で新車販売台数が年間30万台の規模となるまで市場が拡大したことがあり、インドでも中国同様に、市場拡大を期待したいところだが、顧客の予想では、年間6万~8万台がピークとされている。建設機械の各メーカーのインド製造拠点は、中東・アフリカ向け輸出拠点としての役割も期待されている。
- 注1:
- 本稿での日韓企業は、日系企業、韓国系企業の双方と定義
- 注2:
- 表1の韓国は実行ベース、日本は国際収支ベースのため、現地法人の内部留保分が日本の統計には入り、韓国の統計には入らないなど、単純な比較は難しい。本稿では、業種別傾向の把握に主眼を置いている。
- 注3:
- サムスン電子やLG電子のインドビジネス展開規模と比べ、韓国の同分野の投資は少ない(4億6,000万ドル)が、これは第三国経由による投資分があるため(この場合、韓国直接投資統計には反映されない)と推測できる。
- 注4:
- 日韓企業の進出が比較的多い分野では、本稿で取り上げた分野以外でも、協力の事例や可能性、ニーズがあり得る。
第三国での日韓産業協力を探る
- 執筆者紹介
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21 トランプ・ソウル事務所
李 海昌(イ ヘチャン) - 2000年から、21 トランプ・ソウル事務所勤務。本部中国北アジア課勤務(2006~2008年)を経て、現職。