製造業の進出先として新たな期待
ブラック ジャック コツ
2024年12月23日
外資の製造業がベトナムに進出するケースでは、これまでその多くが北部の首都ハノイ市と港湾都市ハイフォン市、南部の商業都市ホーチミン市、および両市の近隣の地方省を候補地として検討していた。しかし、既に製造拠点の集積するこれらの地域では、人件費や土地賃料の上昇や、深刻な人材不足などに直面している。そのため、従来、ベトナムで主流であった、比較的安価な人件費や豊富な労働力を見込んだ新規進出は、これらの地域では年々困難になってきている。近年は、外資製造業の進出がまだ少ない地方省において、高速道路や工業団地など投資環境の整備が急速に進み、意欲的に外国企業の誘致に取り組む動きが顕著になってきた。本稿では、北中部〔ハノイ市とダナン市(中部の商業都市)の間に位置する地域〕北中部に着目。その投資環境のメリットや魅力と、課題を確認してみる(図参照)。
北中部は経済発展に遅れも、豊富な労働力が魅力
ベトナム北中部は、中部のダナン市より北の6省を指し、タインホア省、ゲアン省、ハティン省、クアンビン省、クアンチ省、トゥアティエン・フエ省が該当する。すべての省の東側は海岸線、西側はラオス国境に接する。ベトナムのなかでも経済発展が遅れ、各省とも平均年収は全国平均を下回る(表1参照)。
省名 |
人口 (1,000人) |
面積 (平方キロメートル) |
労働人口(推計) (1,000人) |
1人当たり平均年収 (ドル) |
---|---|---|---|---|
タインホア省 | 3,740 | 11,115 | 1,977 | 2,347 |
ゲアン省 | 3,442 | 16,487 | 1,626 | 2,043 |
ハティン省 | 1,324 | 5,995 | 527 | 1,923 |
クアンビン省 | 919 | 7,999 | 435 | 1,953 |
クアンチ省 | 654 | 4,701 | 335 | 1,807 |
トゥアティエン・フエ省 | 1,167 | 4,947 | 602 | 2,373 |
全国 | 100,309 | 331,345 | 52,376 | 2,503 |
出所:「ベトナム統計年鑑2023年版」を基にブラック ジャック コツ作成
これまでは、輸出製品の製造拠点として、北中部の省に投資をする外資製造業は限られていた。しかし近年、ハノイ近郊を中心とする北部地域の慢性的な労働力不足などを背景に、製造業の北中部への進出の関心が高まっている。特にタインホア省、ゲアン省は人口が300万人を超え、比較的低廉で豊富な労働力が期待できる。
外資による投資認可額の半分以上をインフラ・重化学工業分野が占める
外国企業による直接投資認可状況(出資・株式取得を除く)をみると、北中部全体での累計件数は654件、累計金額399億9,800万ドル(2024年8月31日時点、表2参照)だった。ベトナム全国(4万1,142件、4,913億8,800万ドル)と比べると、特に件数は構成比1.6%と非常に少ない。
省 | 認可件数 | 認可額 | 日系企業の主な進出案件 | ||
---|---|---|---|---|---|
全世界 | 日本 | 全世界 | 日本 | ||
タインホア省 | 209 | 22 | 15,464 | 12,756 | ギソン製油所(出光興産、三井化学、ペトロベトナムなどによる合弁)、ギソン2火力発電所(丸紅、東北電力、韓国電力公社による合弁)、ギソンセメント(太平洋セメント、三菱マテリアル、ベトナムセメント総公社による合弁)、サクライベトナム(縫製業)、矢田工業(橋などの建設) |
ゲアン省 | 158 | 17 | 4,636 | 239 | マツオカコーポレーション(縫製業)、ナカノアパレル(縫製業)、矢橋ホールディングス(石灰石の採掘・加工など) |
ハティン省 | 84 | 1 | 12,088 | 5 | ー |
クアンビン省 | 24 | ー | 1,116 | ー | ー |
クアンチ省 | 27 | 1 | 2,526 | 88 | クアンチ工業団地(住友商事などによる合弁) |
トゥアティエン・フエ省 | 152 | 22 | 4,168 | 247 | イオンモール・フエ、サイタ・ホールディングス(酒類製造)、フリント(金属部品加工) |
北中部計 | 654 | 63 | 39,998 | 13,335 | ー |
全国 | 41,142 | 5,420 | 491,388 | 79,274 | ー |
注:2024年8月31日までの累計。出資・株式取得は含まない。
出所:ベトナム外国投資庁(FIA)、各社ウェブサイトの情報を基にブラック ジャック コツ作成
日本からの北中部への投資の認可件数は63件で、このうちタインホア省とトゥアティエン・フエ省がそれぞれ22件、ゲアン省が17件と続く。一方、ハティン省とクアンチ省は各1件で、クアンビン省への実績はない。
6省のうち、件数・認可額ともに最も多いのはタインホア省だ。同省の認可額154億6,400万ドルのうち、日本からの投資が127億5,600万ドルで、構成比8割以上を占める。うち118億ドルは、同省南端の臨海部・ギソン地区における、ギソン製油所(出光興産、三井化学、ペトロベトナムなどによる合弁、投資認可額90億ドル)とギソン2火力発電所(丸紅、東北電力、韓国電力公社による合弁、投資認可額28億ドル)によるものだ。また、6省のうち2番目に認可額が多いハティン省では、認可額120億8,800万ドルのうち、100億ドル以上が台湾系のフォルモサ・ハティン・スティールによる製鉄所案件だ(注)。このように、北中部の投資認可額の半分以上を、3件のインフラ・重化学工業分野が占めている。
ゲアン省では中国・香港系の存在感が高まる
直近は、北中部で工業団地の計画や拠点設立を進める外国企業の動きがみられ、外資系製造業の集積の期待が高まる。特に目立つのがゲアン省だ。
タイ資本のWHAグループによるWHAゲアン工業団地や、ベトナムとシンガポールの国営企業間の合弁企業であるベトナム・シンガポール工業団地(VSIP)ゲアン1には、既に多くの外資系企業が入居する。VSIPゲアン1は満床で、現在、VSIPは省内にゲアン2の開発を進めている。WHAとVSIPの入居企業内訳をみると、中国・香港系の存在感が際立つ(表3参照)。
項目 | 日本 | 韓国 | 中国 | 台湾 | 香港 | その他 | 合計 | 主な入居企業 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
WHAゲアン | 3 | 1 | 18 | 2 | 0 | 4 | 28 |
|
VSIPゲアン1 | 3 | 3 | 0 | 3 | 10 | 23 | 42 |
|
注:いずれも2024年10月時点。
出所:WHAゲアン、VSIPゲアン1の公表資料を基に作成
入居企業の業種をみると、日系は縫製業が多いが、中国・香港系は電気・電子機器分野の製造業が半分以上を占める。米国アップルのサプライヤーとされるゴアテック(Goertek)やラックスシェア(Luxshare)、通信機器・家電製品などを生産する香港系のエバーウィン(Everwin)などは特に投資額が大きく、現地報道によると、3社の投資額は10億ドル超、約6万人の雇用が見込まれるという(ウェブメディア「カフェF」、2023年2月14日)。
直近の報道によると、ラックスシェアICTはアップル・ウォッチなどのウェアラブル端末の量産化に向け、2024年8月に1億5,000万ドルの拡張投資の認可を取得した(ウェブメディア「ザ・インベスター」、ベトナム外資系企業協会、2024年10月6日)。工業団地の敷地内に従業員向けの社宅も建築し、2万人を超える雇用を受け入れる体制を整えている。
なお、ベトナム交通運輸省傘下の(車両)登録局によると、2023年に新たに購入・登録された9人乗り以下の車両の台数は、ゲアン省が1万304台で、ハノイ市(4万6,330台)、ホーチミン市(3万9,132台)に次ぐ全国3位だった(労働紙2024年2月7日)。ホーチミン市と隣接して所得水準の高い南部ドンナイ省(1万80台、人口331万1,000人)やビンズオン省(8,967台、人口282万3,000人)、北部の港湾都市ハイフォン市(8,631台、人口210万5,000人)よりも、ゲアン省の新規車両登録台数が上回った。これはゲアン省の所得水準を考慮すると、新たに進出した外資系企業が社用車用途などで購入・登録した車両が一定程度含まれ、ゲアン省の車両台数に反映されていると推測される。
タインホア省、ハティン省、クアンチ省でも外資系工業団地開発が進展
北中部で最も多い374万人の人口を有するタインホア省は、今のところ重工業の投資が目立ち、電気・電子機器製造などの製造拠点は少ない。一方、WHAグループや住友商事が新たに工業団地建設を計画するほか、イオンモールも商業施設開発を予定している。外資系企業の操業環境、駐在員の生活環境の向上が見込まれるため、数年先の進出を見込む場合、有望な候補地の1つとなる可能性は高い。
クアンビン省は、他省と比べてインフラ開発などでまだ遅れをとるが、ハティン省とクアンチ省では、外資企業が出資する工業団地の整備が進む。ハティン省では、VSIPがVSIPハティン、クアンチ省では、住友商事、VSIP、タイ資本のアマタシテイ・ビエンホアが合弁事業で「クアンチ工業団地」を開発している。さらに、クアンチ空港も建設中だ(2024年7月19日付ビジネス短信参照)。
トゥアティエン・フエ省は生活環境と安価な賃料に優位性
北中部の最も南に位置するトゥアティエン・フエ省は、生活環境などでの面で優位性がある。省都のフエ市は世界遺産を有す古都として観光資源が豊富であることから、観光客向けの飲食店や宿泊施設も多く、北中部のなかで最も外国人フレンドリーな環境だ。リゾート地で、日本食レストランが多いダナン市にも、車で2時間でアクセスが可能だ。さらに、2024年9月にイオンモール・フエが開業した(2024年10月1日付ビジネス短信参照)。イオンモールは基本的には地域住民に向けた事業展開をしていくが、日本の食品や日用品を手軽に購入できる日系商業施設の開業により、駐在員の生活環境は大きく向上するだろう。
また、外資系企業の進出候補となる工業団地のなかでは、トゥアティエン・フエ省の工業団地の土地賃料はベトナム国内で最も安価な部類に入る。例えばフォンディエン工業団地(注2)は、フエ市北西30キロに位置し、土地賃料(リース期間2064年まで)が1平方メートル当たり39ドル。上述のゲアン省やハティン省の外資系工業団地では、同70~90ドル前後の価格帯だ(ただしリース期限は、工業団地ごとに多少異なる)。トゥアティエン・フエ省とハノイ市近郊やホーチミン市近郊の工業団地と比べると、同じ国内でも4~5倍ほどの価格差が生じる場合もある。
ただし、土地賃料が安価で魅力的な一方、省内の人口は116万7,000人と多くない。フエ市近郊に進出した日系企業は、今後、人員確保が困難になる可能性を指摘する。今後の進出に当たっては、クアンビン省やクアンチ省などまで採用活動を広げる必要性や賃金上昇に備えるほか、生産設備の自動化などもあらかじめ想定しながら取り組むことが肝要だ。
- 注1:
- フォルモサの製鉄所にはJFEスチールも資本参加しているが、表2の日本の直接投資認可には計上されていない。
- 注2:
- フォンディエン工業団地は、陶器生産や不動産開発を行う地場大手ビグラセラ・グループが開発・運営している。
ブラック ジャック コツ
- 製造業の進出先として新たな期待
- 高速ブラック ジャック 勝ち
- 執筆者紹介
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ブラック ジャック コツ・ハノイ事務所 ディレクター
萩原 遼太朗(はぎわら りょうたろう) - 2012年、ブラック ジャック コツ入構。サービス産業部、ブラック ジャック コツ三重、ハノイでの語学研修(ベトナム語)、対日投資部プロジェクト・マネージャー(J-Bridge班)を経て現職。