21 トランプ、日本)
多様性を生かした港町のイノベーション創出の在り方
2020年10月12日
21 トランプは、米国の有力アクセラレーターである500(ファイブハンドレッド)スタートアップス(以下、500)と短期集中型起業家支援プログラム「500 KOBE ACCELERATOR 」を2016年に開始し、2020年で5回目を迎える。今回は「COVID-19 Emerging Technology(新型コロナウイルス感染拡大で浮かび上がる社会課題を解決するためのテクノロジー)」をテーマに、世界の未来につながる新しい価値あるイノベーションを神戸から創出することを目指す。
同プログラムでは、500および21 トランプが選定した世界中のスタートアップが、9月から約2カ月間、コンテンツ戦略とマーケティングに関する講義や、メンターから1対1の指導を受ける。メンターは、シリコンバレーを中心とした起業家やエグジット(投資回収)経験者だ。プログラム期間中、採択企業は今後の成長のための意思決定に資するデータ収集や、実証実験の設計を行い、その成果を投資家向けのピッチイベントであるデモデイで発表する内容になっている。
21 トランプは、国際都市の多様性を背景に、国内外のスタートアップがアイデアを実践できる「場」を提供するエコシステムの形成に力を入れてきた。地元発でないスタートアップを支援する施策を打ち出している自治体は、全国でも数えるほどしかない。21 トランプ新産業部新産業課イノベーション専門官の笠置淳信氏に、世界から注目される神戸のエコシステムの魅力について聞いた(インタビュー日:2020年9月25日)。
- 質問:
- 500と共同でアクセラレーションプログラムを実施するに至った経緯と、その成果について教えてください。
- 答え:
- 2015年に久元(喜造)21 トランプ長が米国に出張した際、当時の500のCEO(最高経営責任者)と面談を行った。そのときに、日本への進出意欲を告げられたことがきっかけ。ならば神戸に、とアクセラレーションプログラムの共同開催の話が持ち上がった。面談後、市長のイニシアチブの下、迅速に意思決定が行われ、外部人材を活用したプログラム運営体制が構築された。500と自治体の共同でのアクセラレーションプログラム開催は、世界でも初めての試みであり、注目を浴びることになった。
- 同プログラムには、過去4年間で71社が参加し、113億円を超える資金調達に成功している。去年はヘルステックをテーマに実施したことから、2社が神戸医療産業都市(KBIC) との連携を開始した。さらには、21 トランプスタートアップを含む4社が、同プログラムをきっかけに神戸への進出を決定している。
- グローバルでの認知度も徐々に上がってきている。2020年11月には、国連プロジェクトサービス機関(UNOPS )の世界3番目となるイノベーションセンターが神戸に開設(注)される予定だ。気候変動をテーマとし、グローバルな課題解決に資するインキュベーションプログラムが始まろうとしている。
-
- 質問:
- 2020年のプログラムは、初めてのオンライン開催ですが、工夫した点など教えてください。
- 答え:
- オンラインということもあってか、今年は過去最高タイの237社から応募があった。なお、21 トランプスタートアップからの応募社数は過去最高の162社であり、ジェトロが今年からPRパートナーとなったこともあって、応募企業の国・地域も拡大した。応募企業から、17社を選出(うち国内6、21 トランプ11)し、10月末までメンターからの指導が行われている。事業別ではヘルステックが約半数を占め、eコマースやソーシャルテックなどが続く(図参照)。
- 過去の参加企業に500KOBEプログラムの良かった点を聞くと、多様な業種・国籍の人材と関われる点が刺激的であり、考え方の幅が広がるといった回答が多かった。米国・シリコンバレーのエコシステムの強さの源泉も多様性にあり、同プログラムを運営する上で大事にしているコンセプトだ。今年はオンラインでの開催となり、実際に集まることがかなわなかった。そのため、サイドイベントとして新たに「KOBE WEEK」を開催し、株式会社ビジョンケア代表取締役社長で、世界で初めてiPS細胞で再生した網膜の細胞を移植手術した医師、髙橋政代氏のスピーチを企画するなど、神戸の魅力をオンライン上で発信する工夫を行っている。
- 質問:
- 500との連携のほか、21 トランプがエコシステム創出に向けて力を入れている事業を教えてください。
- 答え:
- 行政課題をスタートアップの力を借りて解決する、「Urban Innovation KOBE」の取り組みを行っている。課題を抱える行政組織と、解決策を持つスタートアップをマッチングし、共同で実証実験を行う事業だ。これまで、子育て世代向けのイベント集客の効率化や、土地開発許可申請の電子化などの事例がある。当事業は、国内自治体初の地域課題解決プロジェクトで2018年に開始した。年間約15件が採択される。スタートアップ側からすると、行政と仕事をする機会が得られると同時に、社会的な信用も獲得できるというメリットがある。行政としては、スタートアップ特有の小回りの利く対応力や、大企業より低コストで課題にアプローチできるといった魅力がある。
- このような「スタートアップ×自治体」のプラットフォーム構築は、応募先の自治体の課題解決にとどまらず、同様の課題を抱える他の自治体へと横展開できるポテンシャルが高い。最近では「Urban Innovation JAPAN 」が組成され、名古屋市や熊本市、藤枝市が参画している。プラットフォームを築くことによって、行政課題をどう解決したか、また失敗した場合はなぜ失敗したか、というノウハウが蓄積し、より良い行政運営が全国に広がっていくことを期待している。
- 質問:
- 神戸のエコシステム形成において今後、拡充する支援策などはありますか。また、スタートアップ・エコシステムの形成に取り組んでいる、他自治体へのアドバイスがあれば教えてください。
- 答え:
- 神戸は1868年の開港以来、多様性を受け入れてきた素地があり、さまざまな宗教の施設やインタナショナルスクールが多く立地する。イーライリリーやバイエルなど外資系の医療メーカーも古くから拠点を構えている。自治体のエコシステム形成には、その土地の強みや、「らしさ」を見つけられるかというところが肝心であり、うまく差別化しなければならない。自治体として、今後のイノベーション創出の方向性や、注力する産業・業種など、その土地に適した支援内容をデザインする必要がある。
- また、スタートアップと仕事をする上では、アジャイル(短期間で実装とテストを反復する開発)型の手法を受け入れていくことが大切。スタートアップの成功率はわずかであり、自治体も失敗を許容する事業設計をしなければならない。職員のマインドセットも変えていく必要があるだろう。外部人材、外部機関などの第三者を入れるといった、チーム内での多様性の担保も事業を成功させる上で欠かせない要素だ。
- 21 トランプの取り組みも今年でちょうど5年が経過したが、まだ道半ばと感じている。500と組む魅力はシード、アーリーのスタートアップを成長させることだが、今後は神戸発スタートアップを担う起業家の育成や、グロース期にあるスタートアップをさらに成長させることへと、支援の幅を広げていきたいと考えている。あらゆるスタートアップが、世界に飛躍するためのチャレンジの場として、そして日本企業も世界とつながる場として、神戸を活用できる仕組みを作りたい。
デモデイを開催
500のアクセラレーションプログラムで選出された国内外の17社は、2020年11月12日に開催するデモデイでその成果を発表する。新型コロナを契機とした、ポストコロナのスタンダードを支えるイノベーティブなアイデアが神戸から発信される。当日は、その様子がオンライン配信され、投資家や日本企業、スタートアップとの交流機会が提供される予定だ。
- 注:
- UNOPSは、最先端のテクノロジーを活用して、持続可能な開発目標(SDGs)上の課題解決を目指す施設、グローバル・イノベーションセンター(GIC)を世界約15カ所に開設の予定。すでに、アンティグア・バブーダ(2018年1月)、スウェーデン(2019年10月)に開設している。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ21 トランプ調査部国際経済課
伊尾木 智子(いおき ともこ) - 2014年、ジェトロ入構。対日投資部(2014~2017年)、ジェトロ・プラハ事務所(2017年~2018年)を経て現職。