イタリアのスタートアップ、コロナ禍をチャンスに変える
Dishcoveryが語る現地ビジネス環境
2020年6月30日
欧州のスタートアップは、英国やドイツ、フランスなどの先行例が目立つ。片や、イタリアに注目が集まることはあまり多くはない。しかし、市場の特徴を捉らえ柔軟なサービス展開で着実に成長を遂げているスタートアップ企業もある。その一例が、飲食店のデジタル21 トランプ作成を手がけるDishcoveryだ。サービス内容や新型コロナウイルス禍での工夫、スタートアップ企業から見たイタリアのビジネス環境について聞いた(6月1日)。
レストランのメ21 トランプをデジタル化
2018年に設立されたDishcoveryは、レストランのメ21 トランプを翻訳し、デジタル化するサービスを展開する。具体的には、レストランのメ21 トランプをあらかじめ翻訳したものを同社がQRコードに変換。レストランに来た客はスマートフォンでそのQRコードを読み取ることで、イタリア語のメ21 トランプを自身の言語で読むことができる。特別なアプリのダウンロードは不要なため、客は瞬時にサービスの利用が可能だ。
21 トランプ翻訳に当たっては、自動翻訳を利用せず翻訳会社に依頼している。食材や21 トランプ説明は、自動翻訳では対応しきれないケースが多いためだ。場合によっては、単語だけではなく注釈も足す必要も生じる。
レストラン側が設定していれば、21 トランプ閲覧だけでなく、注文から支払いまでスマートフォン上で行うこともできる。支払いについては現在、電子決済システムのPayPalやSatispayと連携させている。今後は、クレジットカード決済にも対応できるようにしていく考えだ。なお、21 トランプ中身や価格の変更、「本日のメニュー」の設定などはレストラン側で簡単に操作できるようにしている。このため、サービスの利便性にポジティブな反応を得ているという。
レストランは、サービス利用データを販売戦略などに活用可能
QRコードを読み取ると、21 トランプ単なる一覧だけではなく、各21 トランプ詳細な説明や、使われている食材、料理の写真なども表示される。この結果、レストラン側としても言語の壁を感じながらの説明は不要になる。また、健康上あるいは宗教的な理由によって食べることができないものがある人にとって、食材に関する情報が得られるのは重要だ。加えて、外国人観光客にとって内容が理解できないものはなかなか注文しづらいが、自身の言語で「知る」ことができることで注文につながる。実際に客単価が上がったという声も届いているという。
21 トランプ取り込みやQRコードの作成だけではない。同社はこのサービスの利用によって得られたデータを各レストランに提供している。例えば、どの言語を使う人がどのメニューをよく注文するかなどの統計から、顧客の好みの傾向を把握できる。顧客が詳細情報を閲覧したメニュー、カートに入れたが削除した商品、最終的に注文したものなどのデータも得られる。レストラン側は、外国人向けの販売戦略などに活用することも可能になる。
新型コロナ禍の影響を受け、ビジネスモデルを拡大
同社のサービスは、スタートアップ向けインキュベーター施設も併設しているミラノ工科大学から、「トップ・トラベル・スタートアップ2018」(旅行業界に影響を与える最もイノベーティブなスタートアップ)に選出されるなど、高い評価を集めた。しかし、「レストランが営業できる状態であること」と「観光客の訪問があること」を前提として成功を収めてきたビジネスモデルだ。新型コロナウイルスの影響による飲食店の閉鎖や国境をまたぐ人の往来の制限は、その根幹を揺るがした。
そこで、同社は新たなソリューションを考案した。飲食店の営業ができない中でも休止の対象になっていなかったデリバリーを対象に、サービスを始めたのだ。具体的には、各飲食店の21 トランプ閲覧から注文・支払いができるよう設計したURLをDishcoveryからレストランに提供。レストランはそのリンクを自身のソーシャルメディアのページなどに掲載する。注文したい個人はそのリンクからメニューを確認、注文、支払いができる。このサービスでも、利用に当たってアプリのダウンロードや登録作業などは不要だ。注文があり次第、レストラン側はメールや無料会話アプリのWhatsAppで通知を受け取る(なお、同社は大手フードデリバリーサービスのように、デリバリー自体は請け負っていない)。このデリバリー向けサービスでも、収集したデータはレストラン側に提供しており、これも他のサービスとの差別化の1つのポイントと同社は考えている。
同社の主な顧客は従来、観光客の来店が多いレストランだった。しかし、これらの工夫により、客層が一気に拡大。必ずしも観光客目当てでない飲食店も取り込むことができた。結果的に、新型コロナ禍以前は700件ほどだった取引先が2カ月で1,000件ほど増え、倍を超える拡大を見せたという。
なお、イタリアでは5月18日から飲食店の営業再開を解禁した。デジタルメニューは、不特定多数の人が同じものに触れる機会をなくすという点で、ウイルス感染拡大防止にもメリットがある。紙媒体での21 トランプ場合、客が使うたびにレストラン側は消毒する必要が生じるが、その手間も省ける。 Dishcoveryはサービスを進化させることで、飲食店の閉鎖という危機を乗り切った。だが、新型コロナ禍が終息に向かい飲食店が再開したとしても、同社のサービスは感染拡大防止対策に関する需要を満たすものになりそうだ。
イタリアのスタートアップビジネスに、伸びしろあり
イタリア市場で着実に成長を続ける同社だが、イタリアのビジネス環境の特徴として、デジタル化の進捗の遅さを指摘している。実際、欧州委員会が2019年6月11日に発表した欧州各国のデジタルパフォーマンス・競争力を数値化した「デジタル経済・社会指標」によると、イタリアはEU加盟28カ国(英国を含む)中、下から5番目の24位だ。裏を返せば、成長の余地があることにもなる。このため、同社はこの状況をビジネスチャンスとみていた。今回のコロナ禍でも、99%のレストランがデジタルメ21 トランプを持っていなかった状況を逆手に捉らえ、逆風をチャンスに変えることができた。
イタリアは、他の主要国と比べてスタートアップの発達が遅いとしばしば指摘される。実際、ベンチャーキャピタルの投資額は他の主要国より圧倒的に規模が小さい。OECDの統計によると、イタリアにおけるベンチャーキャピタルの投資額は2018年時点で、オランダの41%、スペインの32%、フランスとドイツの11%、英国の9%の規模にとどまる。同社はその理由として、イタリアならではの文化的な考え方(mindset)を指摘した。当地では、スタートアップや新しいテクノロジーへの投資をリスクと考える風潮が根強いという。
もっとも、規模としては小さいながらも、投資額は近年、右肩上がりで推移している。同社はこれをイタリア市場の魅力の1つと捉える。イタリアでのベンチャーキャピタル投資額は2014年から上昇の一途で、同年と比べて2018年は2.6倍の規模だ。2020年は新型コロナウイルスの影響を少なからず被るにしても、デジタル分野に限っては成長の余地がある。投資が集まりつつあるイタリア市場は、今後の可能性を含めて注視していく必要がありそうだ。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ミラノ事務所
山崎 杏奈(やまざき あんな) - 2016年、ジェトロ入構。ビジネス展開支援部ビジネス展開支援課・途上国ビジネス開発課、ジェトロ金沢を経て、2019年7月より現職。