公共交通機関を中心にEV導入が進む(フィリピン)
ジプニー・トライシクルなどの伝統的車両も電動に

2021年5月25日

電気自動車(EV)市場の拡大や自国でのEV生産の機運が、各国で高まっている。そうした中、フィリピンでも、環境や産業政策の側面からEV産業への関心が徐々に増してきた。同国のEV産業の現況や日本企業との協業可能性について、オンライン ブラック ジャックVAP、注1)のエドムンド・アベンガナ・アラガ会長に聞いた(実施日:2021年3月12日)。EVAPは、EV産業関連のメーカーやサプライヤーなどの業界団体だ。

オンライン ブラック ジャック
エドムンド・アベンガナ・アラガ氏(本人提供)

フィリピンでEV普及が目指される理由

質問:
フィリピンは、どのような理由でEV車両の普及を目指しているか。
答え:
主な理由として、EVは環境負荷が少ないことが挙げられる。フィリピンでは、特に都市部で大気汚染の問題が深刻だ。次世代のためにも、大気汚染は今から解決に向けて取り組んでいかなければならないと私は考える。解決策の1つがEVを普及させることだ。
新型コロナウイルス感染拡大を経て、EV導入の有効性は高まっている。フィリピンで感染が拡大した際には、医療関係者や通勤者を移動させる送迎サービスで多くのEVが利用された。EVAP会員の中には、保有する電気トライシクル(電動三輪自動車)などのEVを医療関係者や地方自治体へ貸し出す企業もあった。感染拡大により、健康に対する意識が高まっている中、大気汚染や騒音被害が少ないEVは優れた移動手段と評価できよう。
加えて、EVは経済的なメリットを有する。ガソリン車やディーゼル車で利用するガソリンや軽油の調達費は交通コストを押し上げる原因となっている。これらの化石燃料費は交通費に価格転嫁され、交通コストで大きな比重を占めているからだ。EVが国内で普及することにより、軽油やガソリンの輸入を抑え、経済的な便益を得ることができる。

進展するEV普及、公共交通機関で導入進む

質問:
フィリピンのEV普及状況について教えてほしい。
答え:
フィリピン陸運局(LTO)の発表によると、2010年から2019年までに1万1,950台の車両がEVとして登録された(図1参照)。
図1:EVの年間新規登録台数
2010年828台、2011年426台、2012年289台、2013年520台、2014年414台、2015年580台、2016年991台、2017年2,070台、2018年は最高の4,262台、2019年1,570台となっている。

出所:フィリピン陸運局(LTO)

内訳は、電気トライシクルが6,783台で、同期間に登録されたEV全体の約56.8%を占めている。そのほか、電動バイクが4,260台、電気ジプニー(乗り合いバス)が595台、電気自動車(注2)が260台登録されている(図2参照)。
図2:登録されたEVの内訳(2010年~2019年)
オンライン ブラック ジャックが最も多く6,783台で56.8%、次いで電動バイクが4,260台で35.6%、電気ジプニーが595台で5.0%、電気自動車が260台で2.2%、その他が52台で0.4%となっている。

出所:フィリピン陸運局(LTO)

現在、ほとんどの電気トライシクルと電気ジプニーが国内で生産されている。一方、電気自動車の多くは輸入車だ。
質問:
EVはどのような用途で使用されているか。
答え:
公共交通機関として使用されるケースが多い。主に電気トライシクルや電気ジプニーが利用される。ミンダナオ島では電気トライシクルを駆使して、大規模な公共交通システムが構築されている。
観光産業では、観光客を目的地に運ぶ往復便としてEVを利用するケースがある。観光地として有名なボラカイ島では、観光客が島内を移動するために約350~400台の電気トライシクルが導入されている。これらの電気トライシクルは、2012年から2013年ごろに同島に導入された。以降、現在まで継続して利用されている。また、一部の地方自治体ではEVを物流に使用するケースもある。
質問:
近年、EV導入が進展した理由をどのように考えるか。
答え:
フィリピンでは、2017年に公共交通車両近代化プログラム(Public Utility Vehicle Modernization Program:PUVMP)を開始した(注3)。このプログラムでは、公共交通で使用する車両の質を向上させる取り組みの一環として、環境負荷のより少ない車両の導入を企図した。プログラムを通じて、公共交通での電気ジプニーなどEVの普及が進んだ。 また、エネルギー省(DOE)はアジア開発銀行(ADB)と連携して、各地の地方自治体のEV利用を支援するプロジェクトを2010年代に実施した。この結果、3,000台の電気トライシクルが採用された。これらの取り組みにより、フィリピンでのEV導入が進んだ。

EV産業を強力に支援する法案が議会審議中

質問:
最近の、EV産業に対するフィリピン政府の支援動向を教えてほしい。
答え:
議会の動きとして、2020年に「EV・充電スタンド法案」(上院法案1382号)の提出がある。これは、EV使用に関する制度や政府の政策について基礎的なフレームワークを提供するものだ。政府と民間企業それぞれの責任と役割を規定している。また、EV産業の製造業者に対するインセンティブ付与も盛り込まれた。具体的な措置として、ガソリンスタンドや新設の建物にEV充電器の設置を義務付ける、民間の事業所でEV駐車スペースの確保を促したり、EV保有者の車両登録を容易にしたりするといった規定もある。EVAPとしては、2021年内にこの法案が成立することを期待している。法発効によって、EVの普及は加速度的に進展するだろう。
その他の動きとして、EVAPは貿易産業省製品標準局(BPS)と連携して、EVに関する各種の基準・規制を定めることを目的に、技術委員会を2020年に組織した。この委員会で、フィリピンの市場に適合した基準・規則について検討していく。
また、投資委員会(BOI)はEV産業にインセンティブを付与し、投資を促進する「EVインセンティブ戦略プログラム(EVIS)」を策定しているところだ。なお、BOIの提供する優遇措置の適用対象は、「投資優先計画(Investments Priorities Plan:IPP)」で規定される。EV産業関連企業は、この計画に基づき各種インセンティブを享受できる可能性がある。BOIはこれらの政策を通じて、より高度なEV産業の支援体制を構築し、オンライン ブラック ジャックからの投資を引き付ける狙いがあるようだ。

リチウムイオンバッテリー生産の欠如や充電スタンドの整備が課題

質問:
フィリピンのEV産業はどのような課題を抱えているか。
答え:
1つ目の課題は、EV用のリチウムイオンバッテリーのサプライヤーがフィリピンに存在しないことだ。その理由として、国内でリチウムイオンバッテリーを生産するコスト優位性を確立できていないことが挙げられる。その結果、同部品生産の国際的なサプライチェーンの中にフィリピンが組み込まれていない。
2つ目は、充電スタンドの数と種類に問題があることだ。国内には充電スタンドの数が少ない。また、設置されている充電スタンドの多くは、普通充電方式〔交流(AC)〕が中心だ。この方式では設備導入の負担が比較的少ない一方、充電時間がかかる。短時間で充電が可能な急速充電方式〔直流(DC)〕の設置を増やしていく必要があると考える。
質問:
EV生産で付加価値の割合の多くを占めるのが、バッテリーとされる。フィリピン国内でバッテリーを生産する動きはあるか。
答え:
フィリピンでのバッテリー生産はEVAPが注力して取り組んでいるテーマだ。現時点では、フィリピンには鉛バッテリーのメーカーが1社に限られる。リチウムイオンバッテリーのメーカーとなると、前述の通り皆無だ。EVのバッテリーとして、リチウムイオンの方がエネルギー効率がより高く、寿命が長い。そのため、EVAPとしてはリチウムイオンが優れていると評価している。今後、フィリピンでリチウムイオンバッテリーの生産が進むことを期待している。
また、バッテリー生産のサプライチェーン構築をにらんで、EVAPは2019年に、フィリピン・ニッケル産業協会(PNIA)と中国化学与物理電源行業協会(CIAPS-PBA)との連携を開始した。CIAPS-PBAは、中国のバッテリー産業団体だ。フィリピンは、EVバッテリーの原材料として使用されるニッケルを多く産出する。EVAPはこれらの団体と協力し、ニッケルなどのバッテリー製造に必要な鉱物の産出・供給を増やし、フィリピン国内でのバッテリー製造のサプライチェーンを構築・発展させていく意向だ。

軌道に乗り始めたEV産業、日本企業との協業の可能性も

質問:
フィリピンのEV産業について、今後の見通しを教えてほしい。
答え:
EV産業は軌道に乗り始めていると考える。フィリピン政府はEVAPをはじめとする産業界との連携を継続し、各種のプログラムを企画する姿勢を示している。世界全体を見渡せば、自動車産業では電動化のトレンドが定着したと言えよう。フィリピンでそうした世界的な潮流に乗り遅れず、自国内のEV産業構築を推進していくべきだ。また、スマートシティー開発やモビリティーサービスの展開といった切り口で、EV導入の余地がある。
質問:
EV産業で日本企業とフィリピン企業との協業の可能性はどうか。
答え:
日本企業とフィリピン企業は、協業の可能性を多く有している。先に言及したDOE・ADB連携による地方自治体支援プロジェクトでは、EVAP会員のビーマック・エレクトリック・トランスポーテーション・フィリピンが、日本の技術を使用して生産した3,000台の電気トライシクルを納入した。EVAPは、このような事業協業が今後も生まれると期待している。
また、EV生産の国内でのサプライチェーン構築や、バッテリーの開発、インフラの整備、モビリティーサービスの展開といった側面で、より高度なかたちでの日本企業との連携があり得るだろう。
略歴
エドムンド・アベンガナ・アラガ(EDMUND ABENGANA ARAGA)
オンライン ブラック ジャックVAP)会長、貿易産業省製品標準局(BPS)技術作業委員会(TC89)副議長。「EV・充電スタンド法案」について、フィリピンの産業界代表として議会で有識者ヒアリングを受けた。このほかも、EV産業振興に向けて幅広く活動している。

注1:
オンライン ブラック ジャックVAP)は、フィリピンのEV産業関連のメーカーやサプライヤーを中心とした業界団体。国内のEV導入に関する啓発活動や政策提言を行っている。EVAPは2009年に設立され、2021年3月時点で54の会員を擁する。電気ジプニー(乗合タクシー)や電気トライシクル(三輪タクシー)のメーカー12社のほか、ニッサン・フィリピンやミツビシ・モーターズ・フィリピンなど、大手自動車メーカーも加入している。
注2:
本稿では、電気トライシクルや電動バイク、電気ジプニーなどを含めた広義の「電気自動車」を「EV」と表記する。
注3:
公共交通車両近代化プログラム(Public Utility Vehicle Modernization Program:PUVMP)は、公共交通で使用される車両の安全性や快適性、健康性、環境性を高める取り組み。ドゥテルテ政権の重要政策の1つとして位置付けられている。同プログラムでは、新車登録から15年を超える、公共交通で使用されている車両について、欧州排ガス基準「ユーロ4」を満たすディーゼル車、またはEVへの代替が規定されている。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
吉田 暁彦(よしだあきひこ)
2015年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ名古屋を経て、2020年9月から現職。