米政府、電子商取引に関するWTO交渉で一部支持撤回、議会や産業界から批判も

(米国)

ニューヨーク発

2023年10月30日

米国政府は10月25日、電子商取引(EC)に関する貿易関連ルールを交渉するWTOの共同声明イニシアチブ(JSI)の参加国がスイス・ジュネーブで開いた会合で、越境データフローなど複数の提案への支持を撤回すると発表した。通商専門誌「インサイドUSトレード」(10月24日)などが報じた。米国通商代表部(USTR)報道官は同誌に対し、デジタル貿易へのアプローチを巡って国内で議論する「政策的余地」を確保するために、提案への支持を取り下げたと説明した。ただし、WTOの複数国間の取り組みは重要だとして、今後も交渉に積極的に参加する意向も示した。

JSIはWTOに加盟する有志国による交渉枠組みだ。WTOによると、ECに関するJSIには2023年10月時点で日米を含む90の加盟国・地域が参加しており、参加メンバーの貿易で世界の90%以上を占める。参加メンバーは、2019年1月に交渉を開始し、2022年12月末までにペーパーレス貿易やオンライン消費者保護などの条文に関して、意見の集約を示す統合交渉テキストを取りまとめた。交渉の共同議長を務める日本、オーストラリア、シンガポールは2023年1月、同年末までの交渉の実質的な妥結を目指す方針を示した閣僚声明を発表している(注)。

米国政府は今回、越境データフロー、データローカライゼーションの要求禁止、ソースコードの開示要求禁止に関わる提案について、支持を取り下げたという。米国はこれまでの交渉でこれらのルール形成を支持してきた経緯があり、大きな方針転換となる。米国内には、デジタル貿易に関する国際的な取り決めがテック企業の国内規制を難しくするとの見方があり、米国政府の決定はこうした声を反映した可能性がある。連邦議会上院で通商を所管する財政委員会に所属するエリザベス・ウォレン議員(民主党、マサチューセッツ州)はX(旧ツイッター)で「テック企業の独占を優遇するデジタルルールは、米国の貿易協定としては成功の見込みがない」と述べ、USTRの決定を歓迎した。

一方、デジタル貿易のルール形成への米国関与を求める民主、共和両党の議員からは失望の声が相次いでいる。ロン・ワイデン上院財政委員長(民主党、オレゴン州)は10月25日、USTRによる支持撤回は「米国企業を締め出し、中国市民を政府による監視という抑圧的な体制に閉じ込める中国のグレート・ファイアウォールにとっての勝利だ」などと痛烈に批判する声明を発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますした。USTRの一方的な決定は「議会から委任された使命に真っ向から反する」と言及し、連邦議会によるUSTRへの権限付与の度合いを再考すると示唆した。そのほか、上院財政委員会のマイク・クレイポー少数党筆頭理事(アイダホ州)ら共和議員外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますや、下院で通商を所管する歳入委員会のジェイソン・スミス委員長(共和党、ミズーリ州)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますも10月26日、USTRの決定を非難する声明をそれぞれ発表した。

産業界でも、ブラック ジャック アプリ技術産業協会(ITI)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます全米外国貿易評議会(NFTC)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますなどが失意や懸念を表明している。全米商工会議所のジョン・マーフィー国際政策担当シニア・バイス・プレジデントは、USTRの決定は「権威主義的な政府を牽制する努力を弱体化させ、他国に(ルール形成の)主導権を譲る空白をつくることになる」と指摘した(政治専門紙「ポリティコ」10月25日)。

(注)ECに関するJSIの交渉経緯については、「ジェトロ世界貿易投資報告」2023年版の第III章第2節PDFファイル(1.1MB)を参照。

(甲斐野裕之)

(米国)

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