EU、ワクチン普及のための特許権放棄に消極的な立場を明確化
(EU)
ブリュッセル発
2021年06月07日
EUは6月4日、途上国への新型コロナワクチンの普及における知的財産権保護についての立場を示した意見書を、WTOに提出したと発表した。これまでEUは、米国などが支持を表明する新型コロナワクチンの特許権放棄について慎重な姿勢を示してきた(2021年5月26日記事参照)。今回の文書で、特許の使用はWTOの知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)に従った方法で実施されるべきだとし、インドなどが求める無条件の特許権放棄は「世界が今必要としているワクチンの広範で迅速な普及という目的に達するための最善の即応策とは言えない」と、消極的な立場を一段と明確にした。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は「中低所得国へのワクチンの公平なアクセスを確保すべく、この問題についてG7首脳と議論したい」と述べ、翌週11日から予定されるG7首脳会議を前に、EUとしての立場を強調したかたちとなった。
企業間の自発的なライセンス合意が最善、次の手段は強制実施権の行使
EUは、WTOの一般理事会に宛てた意見書の中で、ワクチンの特許権者が途上国などのワクチン製造企業との間で、ノウハウや製造技術の移転を含めたライセンス契約を自発的に締結することが、途上国におけるワクチン生産能力を拡大し、供給不足を速やかに解消するための最も望ましい手法だと指摘。自発的なライセンス契約が得られない場合は、TRIPS協定が規定する強制実施権を国が行使することは合法的な手段として認められるとした。
他方、EUは、強制実施権を行使した場合、特許権者はTRIPS協定に従い適当な報酬を受け取ることはできるものの、必要なノウハウや技術の移転を伴わない可能性があるとした。さらにEUは、TRIPS協定第31条2(注)は規定が複雑すぎ、また法的確実性を欠くことから効果的に活用することが難しいと指摘されているとし、WTOのTRIPS理事会に宛てた意見書の中で、同条に基づく強制実施権の行使において特許権者に支払われる報酬の水準や、WTO加盟国間の通報プロセスなどを明確化する必要があるといった提案を行った。
EUは、特許権放棄の場合、放棄が継続する期間中、ワクチン開発者の全ての権利が失われ、開発者は強制実施権行使の場合と異なり報酬を受け取ることができないため、将来の危機も見据え、企業が研究開発に必要な投資水準を維持できるようにすべきだと主張した。ただし、欧州委は「パンデミックをできるだけ早く終わらせるために、あらゆる選択肢について検討する用意がある」とも述べており、今後のG7やG20、WTOなどにおける議論が注目される。
(注)輸出における強制実施権の適用条件を規定。2017年1月に発効したTRIPS協定改正議定書により追加された。
(安田啓)
(EU)
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