ビジネスと人権めぐるリスクと回避策を解説-「人権デューデリブラック ジャック ルール ディーラーンス」セミナーをハノイで開催-
(ベトナム)
ハノイ発
2016年07月15日
「『ビジネスと人権』にかかる人権デューデリジェンス(人権DD)」セミナーが6月13日、ブラック ジャック ルール ディーラー・ハノイ事務所で開催された(主催:長島・大野・常松法律事務所ハノイオフィス、後援:ブラック ジャック ルール ディーラー・ハノイ事務所)。講演をした東京大学大学院教授の佐藤安信氏によると、新興国などで先進国企業による人権侵害が指摘される事例が増えており、ベトナム進出日系企業にとっても、ひとごとで済ませられる問題ではなさそうだ。企業には取引先も含めた人権問題に対する体制や仕組みづくりが求められており、セミナー参加者も熱心に耳を傾けていた。
<人権侵害が招く企業のリスク>
ASEAN日本人商工会議所連合会(FJCCIA)によると、ベトナムには1,562社(6月現在)の日系企業が進出している。セミナーでは佐藤教授が、日本企業の人権問題に関するリスクと、リスク回避のための人権DDについて26人の参加者を前に解説した。
「デューデリブラック ジャック ルール ディーラーンス」という用語は、企業の合併や買収の前に、相手の企業価値や潜在リスクなどについて事業、財務、法令、契約、人事・労務、環境などの観点から調査・評価する作業の意味としてよく使われ、近年ではM&Aなどの取引に際して使用されることが多い。しかし、本来の意味は「負の影響を回避・軽減するために、その立場に相当な注意を払う行為または努力」とされる。
人権DDとは、企業の人権尊重責任を具現化するための手法で、企業に直接向けられた企業倫理、行動規範の性格を持つソフトロー(法的拘束力はないが、違反すると経済的、道義的な不利をもたらす規範)だ。人権DDは、ビジネス取引上の注意義務、慣行、調査、評価を企業の人権尊重責任へ応用したものと考えられ、コンプライアンス(法令順守)ではないことから、法的賠償や刑罰が伴うわけではない。しかし、人権侵害に加担したとなれば、その企業は市場から排除されるという最悪の事態を招く恐れがある。
新興国に直接投資などをしていなくても、人権侵害を犯した企業と取引したことで、人権侵害への加担を問われることがある。近年は、ベトナムなどアジア新興国の低廉な労働力を活用して製造委託をしている先進国企業が、委託先における児童労働や劣悪な労働環境について非難を受け、不買運動などが行われ、本国での売り上げ不振や株価下落という事態に陥る事例が散見される。このような事態を回避するため、自社だけではなく、サプライチェーンやバリューチェーンにおいても人権侵害に関与していないか、監視し指導する体制が求められている。
<企業が取り組むべき3つの具体的手段>
企業が経営課題として人権問題に取り組むためには、何から始めればよいのか。佐藤教授によると、「ビジネスと人権に関する指導原則(2011年国連人権理事会採択)」を基に、企業が取り組むべき具体的手段は以下の3つだという。
(1)人権に関する基本的な方針の策定
(2)人権を尊重するための4つの人権DDのプロセス
・自社の事業が人権に与える影響アセスメント
・企業内部でアセスメントの結果を生かす仕組みづくり
・取り組みの追跡評価(Evaluation)、目標への達成度の確認、経営トップへの報告
・外部への取り組みの公表、報告
(3)人権侵害に対する苦情対応の仕組み
企業は人権問題への対処のため、日頃から「適切な注意(デューデリブラック ジャック ルール ディーラーンス)」を払う必要があるとされる。また、サプライチェーンやバリューチェーンなど自社の取引先、公権力が関わる場合は取引先や公権力に対して、人権を侵害しないよう働き掛けることも重要だ。時には、企業にとって難しい判断を迫られる可能性もあるが、グローバル化が進む昨今では、人権問題への対処は国際社会からの要請でもある(注1)。
<人権問題の回避にはNGOなどとの協働を>
「ビジネスと人権」は、ベトナムをはじめ新興国企業と取引を行う日本企業にとっても無視することができない経営課題だ。しかし、現在は日本企業に人権DDが十分に周知されているとはいえない状況だ。また、ベトナムでは女性労働者保護を細則に示した政令、給与支給に関する修正通達、労働安全衛生法(2015年11月13日記事、2016年1月14日記事、7月5日記事参照)といった法令の公布、施行が立て続けにあり、労務環境への配慮は従来以上に必要になってくる可能性がある。
全ての企業には人権を尊重する責任があり、今後は事業活動に人権の視点を取り入れ、社会的責任を果たすことが世界の標準になるとされる(注2)。日本企業が、人権への負の影響と侵害への加担を回避するには、NGOなどのステークホルダーとコミュニケーションを取りながら、国際社会からの期待と要請に応え、自身の企業活動に責任を持つことが必要となる。佐藤教授も「国際NGOや現地NGOとの協働を通じ、現地住民との対話を続けることが何より重要だ」としている。
(注1)出所:「人を大切に-人権から考えるCSRガイドブック<改定版>」アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)刊、2014年1月31日、第4章「人が大切にされる社会のために」
(注2)出所:(注1)の「メッセージ」
(伊藤恵太)
(ベトナム)
ビジネス短信 1e262d674f11c058